昼食を食べた後に待ち受ける午後の授業は、総じて睡魔に襲われがちな時間でもある。

ましてやそれが麗らかな陽射しの差し込む金曜日の午後、魔法史の授業ともなれば、これはもうどうぞご自由にお眠りくださいと言われているようなものだった。

低い声で一本調子に滔々と語られる中世の歴史を子守唄に、一人、また一人と生徒の頭が沈んでいく。

まともに起きている生徒など片手で数えても余るほどであった。

斯く言うリヴァイも講義など端から聴いておらず、頬杖をついて図書館から借りてきた本を読み耽っていたのだが。

ちらりと左隣に目をやって、静かに苦笑する。

(…コイツが寝てんのは珍しいな…)

机の上に投げ出した自分の腕を枕に、瞳を伏せたルリはすやすやと健やかな寝息を立てていた。

歴史が好きだという彼女は入学以来魔法史の試験で首位を退いたことは一度もない。

いつも真面目に講義を聴き、きちんとノートを取っている。

しかしどうやら今日の陽気には勝てなかったらしい。

小さな頭は授業が始まるとすぐにこてんと倒れて、それから目を覚ます気配は微塵もなかった。

(チッ…無防備な顔しやがって…)

本から視線を離したことを、リヴァイはたちまち後悔した。

穏やかな寝顔からはいつもの凛とした雰囲気が消えて、彼女を年齢よりも幼く見せている。

あどけない愛らしさに惹かれて目が離せない。

「…………」

一瞬迷って、しかし潔く本を閉じた。

どうせ集中出来ないのは明らかなのだから開いているだけ無駄というものだ。

少し乱れた髪を丁寧に梳いて耳に掛け直してやってから、やわらかな白い頬をそっと撫でる。

いつもよりほんのりと高い体温に指先が甘く疼いた。

このまま寝顔を見ていたいのに、その瞳に自分を映して欲しいという、矛盾した欲求に苛まれる。

こんな思いをさせる存在など、きっと後にも先にもルリだけだ。

(……お前が悪い)

言い訳がましく結論付けてから、堪えきれず滑らかな額に口付ける。

ありがたいことに唇に触れないだけの自制心はまだ残っていた。

辛うじて。

もっとも、たとえ額であったとしても、授業中にキスしたなどとルリが知ったら、恐らく一週間はまともに口を利いてはくれないだろうが。

「ルリ」

囁くように名前を呼んで艶やかな髪に指を絡めたとき、長い睫毛が微かに震えてルリの唇がゆっくりと動いた。

「…リヴァイ…」

ふわりと、幸せそうな微笑を浮かべた彼女の呼吸は、すぐにまた健やかな寝息へと変わる。

……この可愛さは一体何だ。

「…っ…」

思わぬ不意打ちに息を飲んだリヴァイはズルズルと脱力するように机に突っ伏し、そのまま授業が終わるまで二度と顔を上げなかった。

幸いにも、彼が耳まで真っ赤になっていた事実を知る人間は、誰一人としていない。


愛しくて厄介な君

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