それは新学期が始まると其処かしこで目にする光景だった。

ただでさえ広いホグワーツの城内は、動く階段やら隠し扉やら秘密の通路やらで、複雑に入り組んだ造りになっている。

上級生にもなると身体が自然と正しい道を覚えているので問題ないのだが、新入生がそれに順応するまでは大変だ。

(…初々しくて可愛いなぁ…)

迷子になって半泣き状態だった一年生を見つけ教室まで送り届けてやったルリは、入学した頃のことを思い出して微笑んだ。

五年前の自分も迷子になってばかりいた。

けれどそのたび、必ず傍に現れては泣いている自分の手を取って助けてくれる彼がいたのだ。

あの頃からずっと、隣にいる彼が。

「…何を一人で笑ってんだ」

「…………!」

突如耳許へ落ちた囁きに、びくりと身体を竦ませたルリは零れ掛けた悲鳴を必死に飲み込んだ。

ばくばくとうるさく跳ねる心臓を両手で押さえて涙目のまま右隣を振り仰ぐ。

はずみで目尻に溜まった涙が頬を滑り落ちた。

「…リヴァイ…!」

「おい、なんで泣いてる」

「あなたが吃驚させるからよ…」

悪気はなかったリヴァイだが、ルリを泣かせたのが自分であるらしいことを知って表情を変えた。

宥めるように彼女の髪を撫で、ローブの袖で濡れた頬を丁寧に拭ってやる。

何せルリの涙には弱いのだ。

黙ってされるがままになっていたルリは困ったようなリヴァイの表情を見つめて、堪えきれずにクスクスと笑う。

「…あのときと同じね」

「あ?」

訝しげに眉を寄せたリヴァイの手を取り、そっと微笑む。

「入学したばかりの頃。わたし、よく迷子になってたじゃない?」

「あぁ、そういえばやたらピーピー泣いてたな、お前」

「もう!……だけど、いつもあなたが傍に来て、今みたいに頭を撫でて、大丈夫だからもう泣くなって言ってくれたでしょう?」

すり、と甘えるように大きな掌に頬を寄せて。

「たぶんわたし、あのときからリヴァイのことが好きだったの」

ふわりと幸せそうな笑顔を浮かべるルリに、思わずリヴァイは息を飲んだ。

あの頃よりずっと大人びて綺麗になった彼女だが、こういう仕草の幼さや愛らしさは何一つ変わらない。

「…自覚がねぇってのはタチが悪いな」

「え?」

「いや。……言っておくが、先に惚れたのは俺の方だぞ」

「え……え!?」

大きく目を見張ったルリの髪を、今度は照れ隠しの為にくしゃくしゃとかき混ぜる。

しかし頬を真っ赤に染めた彼女は誤魔化されなかった。

「嘘…い、いつから…?だって、それより前って…」

「まぁ、教えて欲しけりゃせいぜい可愛くねだってみろ」

「!?」

ひょいとルリを抱え上げたリヴァイは、さっさと手近な空き教室に向かって歩き出す。

今はまだ教えてやるつもりはなかった。

初めてホグワーツ特急に乗ったあの日、プラットホームで見たやわらかな笑顔に一目で恋に落ちたことなど。

「おい、暴れるな。落ちるぞ」

じたばたともがくルリに軽く口付けてやれば、潤んだ瞳で恨めしげにリヴァイを睨んだ彼女はたちまち大人しくなった。

「…リヴァイの意地悪…サディスト…!」

「何とでも言え。どうせあとで泣きを見るのはお前だからな」

しっかりと可愛い恋人を捕まえたリヴァイは、至極満足げな笑みを浮かべた。


斯くも甘い恋のはじまり

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