「ダンスパーティー?」

「そうなの!ハロウィンの夜に仮装してね、必ずパートナー同伴で参加するんですって!」

目を円くしたルリの前で、両手を組んだペトラはキラキラと瞳を輝かせている。

心はすでに一ヶ月後のパーティーとやらへ向けて飛んでいるらしい。

「それにしても……なんと言うか、唐突だね」

ハロウィンが近付くと、生きたコウモリやら歌うカボチャやらで城中が盛大に飾り付けられ、当日の夜は大広間で豪華な夕食を食べるのが毎年の習いだ。

今年はどうしたと言うのだろう?

不思議そうに首を傾げるルリに向かってペトラが笑った。

「校長先生の思い付きですって」

「……なるほど」

「来週のホグズミード休暇に合わせてドレスの貸衣装の業者も入るのよ!」

「用意周到ね」

好好爺然とした校長の顔を思い浮かべて苦笑する。

いかにも楽しいことが大好きな校長ならではの思い付きだ。

「…あぁ、だから今日はみんなそわそわしていたの?」

「そわそわって…ルリ、あなたねぇ…」

ペトラは親友に向かって軽く溜め息を吐いた。

寮を問わず男子生徒から人気の高いルリは、今日一日中彼女をパートナーに誘いたいという熱の籠った視線に晒されていたのだが、本人は全く気が付いていなかったようだ。

鈍いにも程がある。

……だがしかし。

にんまりと意地の悪い笑みを浮かべたペトラはずいっと身を乗り出してルリの顔を覗き込む。

「あなたにはもう決まったお相手がいるものね」

「!!」

困り果てたようにちらりと上目使いでペトラを見上げる彼女の表情は、正しく恋する乙女そのものといった風情だった。

「やだ、真っ赤になっちゃって、可愛い!」

「あぅ…ペトラ…」

ぎゅうぎゅうと抱き付かれたルリは目を白黒させたあと、しょんぼりと項垂れた。

あら、とペトラは目を見張る。

「どうしたの?」

「…だって…」

唇を噛み締めたルリはぽつりと不安そうに呟く。

「…リヴァイはそういうの苦手そうだし…」

「それに関しては心配ご無用よ」

「え?」

鮮やかなウインクを決めたペトラはにっこり笑ってベッドに腰掛けたルリの手を引いた。

「さぁさぁほら立って!」

「えっ、やっ、あの、ペトラ…!」

ペトラに手を引かれて部屋を出たルリは、訳が分からないまま階段を降りていく。

やがて女子寮の入口が見えたとき、そこにいる人物を見付けて、元から大きな彼女の瞳が更に大きく見開かれた。

「……リヴァイ?」

そこには、今しがた話題に上ったばかりの恋人の姿があったのだ。

何処となく不機嫌そうな面持ちだったリヴァイは、嬉しそうに駆け寄ってきたルリを見るなり表情を和らげた。

「リヴァイ、どうしたの?」

彼女の問いには応えずに、リヴァイは黙ってルリの左手を取る。

そうして華奢な指先を掬うように持ち上げると、実に優雅な所作で腰を折り、彼女の手の甲にそっと口付けを落とした。

「……っ……!」

談話室で寛いでいた寮生達から冷やかすような歓声が上がるが、生憎ルリはそれを気に掛けるどころではない。

一体何がどうなっているのか。

恥ずかしいやら嬉しいやらで見事に思考が大混乱しているルリを余所に、一人落ち着き払ったリヴァイは彼女だけが知る穏やかな微笑を浮かべた。

「ルリ」

やわらかな声音に、それだけでルリの白い頬は紅く染まる。

「ハロウィンの夜だが」

「…っ…」

彼の口から飛び出した単語に驚いて思わず顔を上げたルリに向かって、リヴァイが優しく囁く。

「俺のパートナーになってくれるか?」

「っ、もちろん、喜んで!」

花のような笑みを咲かせたルリを、当たり前のようにリヴァイが抱き締めた。

もはや周りの人間など眼中にない様子の二人をニヤニヤしながら眺めていたペトラに、傍に寄ってきたエレンがこっそりと話しかける。

「…今の…リヴァイさん、完全に牽制の意味を込めてわざと見せ付けてましたよね…」

「あら、エレンにも分かった?」

「ていうか…焚き付けたのペトラさんじゃ…」

「やぁねぇ。わたしはただ、あの人がダンスなんてくだらねぇとか言ってたから、恋人の座に胡座をかいてたらルリをかっ拐われても知らないって言っただけよ」

それを焚き付けたと言うのでは。

絶句するエレンに向かって優しく微笑んだペトラは、悪魔のような一言を投下した。

「大丈夫よエレン、あなたがルリを誘おうとしてたことは黙っていてあげるから」

「……お、お願いします…」

当然エレンに否やは無かった。


Dance with Me

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