授業のない週末の図書館は、期末試験の前を除けば利用する生徒が殆どいない。

図書館特有のしんとした静寂の中、入学したばかりの頃に見つけた古くて大きな書棚の影にある秘密の特等席に腰掛ける。

そうして小さな出窓からたっぷりと差し込む陽射しの中で本を読むのは、何よりも贅沢な時間だった。

大好きな物語の頁をゆっくりと繰るたびにその世界に引き込まれていく。

読み初めてどれくらいの時間が経った頃だろう、物語が中盤に差し掛かった時、手元にふと影が落ちた。

肩口から流れ落ちていた髪を、伸びてきた指先が優しく梳いてくれる。

顔を上げなくても誰なのかは分かった。

この場所を知っているのはわたしの他にたった一人だけだ。

「…クィディッチの練習は終わったの、リヴァイ?」

「薄情な誰かが応援にも来ないで優雅に読書を楽しんでる間にな」

小さく笑ったリヴァイの唇が頬に触れる。

どうやら練習を終えてからシャワーを浴びてきたらしく、爽やかな石鹸の香りがふわりと揺れた。

いかにも綺麗好きな彼らしいと、思わず笑みが零れる。

「応援に行きたいのは山々なんだけれど、誰かさん目当ての女の子達でいっぱいなんだもの。わたしが居なくたって充分だと思わない?」

本を閉じながらにっこりと笑ってみせれば、露骨に嫌そうな表情で睨まれる。

眉間に寄った皺を軽く押してやると、がっちりと手首を掴まれた。

そのままそっと手を引かれて指先が絡まる。

「きゃあきゃあうるせぇだけの悲鳴なんざ応援の内に入るわけねぇだろうが」

むしろ邪魔だ、ときっぱり言い捨てたリヴァイが溜め息を吐いて杖を一振りすると、膝の上に置いていた本が跡形もなく消えた。

「……疲れた」

隣に座ったリヴァイの頭がことんと倒れてわたしの肩に凭れ掛かる。

首筋に押し付けられた髪の感触がちょっとだけくすぐったい。

普段はわたしをとことん甘やかす側の彼が、こんな風に自分から甘えてくれることは滅多にないので、なんだか不思議な気分だ。

本音を言えば嬉しくて堪らないのだけれど、素直に言うのは悔しいから内緒。

「エルヴィンの野郎、試合までは毎週末全部練習に費やすとかほざきやがった」

「エレンは喜んだでしょうね」

「アイツはクィディッチのことしか頭にねぇからな」

クッと喉の奥を鳴らして笑ったリヴァイが繋いだ手に力を込めた。

「優勝杯は手に入りそう?」

「愚問だな」

「そうね。わたしたちのシーカーはいつだって我が寮に勝利をもたらしてきたもの」

ぱちりと片目を瞑ってみせてから、リヴァイの額に口付ける。

次いで形の良い唇にも。

でも、すぐに離れようとしたのに、後頭部に回った大きな掌がそれを許してはくれなかった。

「…ん…」

いつものように吐息が零れてハッとする。

ここが図書館だということをすっかり忘れていたのだ。

静かな笑みを浮かべて離れたリヴァイは、まるで秘め事をする時のように立てた人差し指を唇に当てる。

そんな仕草でさえ様になるのだからずるいったらない。

「…リヴァイ…」

「お前が声を出さなきゃ問題ねぇだろ」

「………」

返事の代わりに、そっと彼の耳へと口付けた。

驚いたようにわたしを見下ろすリヴァイに向かって密やかに囁く。

「…ね、耳にキスするのはどんな意味があるか知ってる?」

「あ?」

「誘惑」

一呼吸分の沈黙の後、それはそれは楽しげに、リヴァイの唇が緩やかな弧を描いた。


静寂に満ちた世界の片隅で

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