※「虚構を穿つ」続編



結論から言うと、無事に生きて戻ることができた。

犠牲は避けられず、たくさんの仲間を失ったけれど、今回の調査では初めて二体の巨人を生け捕ることに成功。

僅かでも、人類は確かな一歩を踏み出したのだ。

壁内へ帰還後の調査兵たちには数日間の休養が与えられ、大多数の兵士は家族の元へと帰るので、今本部にはほとんど人がいない。

そんなわけで、自分の心音さえも聞こえそうなほど静まり返った廊下で、わたしは今まさに巨人に遭遇した時並みの困難に直面していた。

(…どうしよう…)

ドアノブに手を掛けたままの体勢で固まることすでに10分。

「…遅い」

「……!」

鉄の塊にすら思えるほど重かった扉が、呆気なく内側から開かれた。

不機嫌を絵に書いたような表情を浮かべた兵長が、腕組みをして扉の枠に凭れかかっている。

「リ、リヴァイ兵長…」

「俺は馬を戻したらすぐに来いと言ったはずだが?なぁルリ」

耳を掠める低い囁きに、堪らず肩を竦めた。

「申し訳ありません…」

「…なんだ、随分大人しいじゃねぇか。壁外にいた時とはえらい違いだな」

「あ、あの、それは…!」

焦って顔を上げた瞬間、真っ直ぐにわたしを見ていた兵長と目が合った。

その表情がびっくりするほど優しくて、思わず瞬くことさえ忘れてしまう。

どうしていいのか分からず視線を彷徨わせると、兵長の手が表情と同じくらい優しく、わたしの指先に触れた。

つう、と指の形をなぞるように触れてから、そのまま絡まるように繋がった手を引かれて部屋の中に入る。

パタンと扉の閉まる音が、やけに遠くに聞こえた。

「…言っておくが」

閉じた扉に背中を押し付けられる。

するりと頬を撫でられて、有無を言わさず視線が交わった。

「俺はもう充分待った。これ以上待つ気は更々ない」

「…っ…」

やわらかに口付けられる。

啄むように触れてから一度離れ、すぐにまた角度を変えて深く重なった。

為す術もなく翻弄されるうちに力が抜けて立っていられなくなったけれど、いつの間にか腰に回っていた兵長の腕が、崩れ落ちそうな身体をしっかりと支えてくれた。

呼吸が整うのを待ってからゆっくりと口を開く。

「…兵長は、いつから…」

「いつから?」

まともに顔を上げることなど到底できなくて、兵長のジャケットの裾を握り締める。

俯いたわたしの頭を温かい掌がそっとかき撫でた。

「調査兵団に入ったお前を初めて見た時からずっと」

「………!」

驚きのあまり声が出ないわたしを見た兵長が小さく笑う。

腰を支えてくれていた手が背中に回って、ぎゅう、と抱き締められた。

大切で仕方ないものを扱うように優しく。

「生憎、女に惚れたのは初めてで、どうすりゃいいのか分からなかった。…情けねぇだろ?」

「そんなこと…っ…!」

そんなこと、思う訳がない。

自由の翼を手にしたその日から、この人の傍で生きることだけを願って生きてきた。

どんな絶望的な状況に陥っても、それだけがわたしを生かす希望だった。

「…わたしも、初めてあなたに逢った日から、ずっと…!」

「…っ、ルリ…」

続く言葉は、性急な唇に飲み込まれた。

「……っ、ふ、ぁ…っ…」

息ができないほど激しく貪られる。

触れ合った場所から一つに溶けてしまうのではないかと、そんな錯覚を覚えた。

色んな感情がごちゃ混ぜになって限界を超えた所為か、あとからあとから涙が溢れて頬を濡らす。

「…チッ、なんて顔しやがる」

「………?」

少しだけ離れた唇の上で、互いに荒い呼吸を繰り返したまま。

兵長が苛立ったように短く舌打ちする。

何か不味いことをしただろうかと恐る恐る瞳を開けた瞬間、軽々と抱き上げられ、気づけばベッドの上に横たえられていた。

呆然と見上げるわたしを見た兵長は低く笑う。

それは見事な捕食者の笑みだった。

「散々待ったと言っただろうが。んな顔されて、我慢なんざ効くか」

だから一体どんな顔をしてるんだわたし。

シャツの釦を外しにかかる手を制止しようとしたけれど、当然ながら無駄な足掻きだった。

「へ、兵長、待っ…!」

「待たない。続きをして欲しいと言ったのはどの口だ?」

言葉ごと抵抗を封じるように唇が塞がれる。

「…待たなくてもいいので、優しくしてください…」

真っ赤になった顔を見られたくなくて、縋るように兵長の首に手を回して抱き付くと、呆れたように笑う声が耳元に落ちた。

「…煽ってどうすんだ、馬鹿が」

どうかいつまでも、彼の一番近くでこの温もりを感じることができますように。

願いを込めて、優しく触れてくれる指先に口付けた。


繋がる心

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