いつものように人気のない寮の裏手、消灯時間ギリギリまで交わす密やかな逢瀬の最中。

「出張、ですか?」

「あぁ」

きょとんと目を見張ったルリを腕の中に抱き込みながら、リヴァイは溜め息を吐き出した。

頬を寄せた彼女の髪からはふわりと涼しげで甘い香りがする。

「明日からシーナの方に一週間…長くて二週間だな。今度向こうの防衛方と合同演習があるだろう」

「そういえば…日程と演習の詳細は後日発表と聞いていましたけど」

「その詳細を詰める為に、向こうの視察も兼ねて行ってくる。万が一があるからエルヴィンを行かせる訳にもいかねぇしな」

「…そう、ですね…」

俯いたルリは、表情を隠すようにリヴァイの胸に顔を埋めた。

大切な仕事だから仕方がないというのは充分分かっている。

しかし、二、三日の出張で会えないことはあっても、そんなに長く離れ離れになるのは入隊してから初めての出来事だった。

勿論彼と恋人同士という関係になってからも。

「…寂しいです」

不安げに揺れるルリの声とシャツの胸元を掴む指先の温度に、リヴァイは口許を緩めた。

いつも聞き分けの良い彼女がこんな風に素直に感情を表すことは滅多にない。

そうでなくとも、可愛い恋人に甘えられて嬉しくない男などいないだろう。

「ルリ…」

本音を言えば、信頼する仲間達とはいえ男所帯のど真ん中にルリを置いて行かねばならないのは心配だし、彼女に会えないのは寂しい。

ならばせめて今日くらいはと、細い腰に回した腕に力を込める。

縋り付いてくるルリの体温が愛おしくて堪らず、衝動のままにやわらかな唇を貪った。

「…っ…あの…あの、リヴァイ教官…」

「なんだ」

触れては離れ、離れては触れるキスの合間に、頬を真っ赤に染めたルリが躊躇いながらリヴァイを見上げた。

「あの…夜、電話をしてもいいでしょうか…?」

「電話?」

「毎日とは言わないので!きっと忙しいだろうし…えっと、一回くらい、教官の声が聞きたいなって…」

「…馬鹿か、お前は」

恥じらうようなその表情が可愛くて、思わず滑らかな額に口付ける。

「毎日でもいいに決まってるだろうが。俺だってお前の声が聞きたい」

「教官…」

嬉しそうに微笑むルリをもう一度抱き締めた。

触れるほどにますます離れがたくなって、いっそこのまま外泊届けを出してやろうかという欲望を理性を総動員して押さえ込む。

「消灯前には電話する。寝こけてんじゃねぇぞ」

「ね、寝ません!絶対起きてます!」

「まぁそう拗ねるな」

プイッと視線を逸らした彼女の頭をよしよしと撫でてやる。

暫くされるがままに撫でられていたルリは、やがて上目使いにリヴァイを見上げ、するりと彼の首に腕を絡ませた。

咄嗟の行動に驚いて反応できないリヴァイの唇に、自分のそれを軽く重ね合わせる。

「…お仕事、頑張って下さい。でも、出来るだけ早く帰ってきて下さい、ね?」

はにかむような笑顔に、しばし呆然と瞬きを繰り返したリヴァイは、ずるずると脱力しながらルリの華奢な肩に額を押し付けて項垂れた。

これを素でやってのけるのだから天然は恐ろしい。

「ルリお前…帰ってきたら覚えておけよ。少なくとも丸一日はベッドから起き上がれると思うな」

「………!?」

どうやら自分が何かしらの地雷を踏み抜いたことに気付いたようだが、もう遅い。

離れていこうとするルリのうなじに手を掛け引き寄せながら、リヴァイは静かな笑みを浮かべた。

出掛ける前から、もう帰ってくるのが待ち遠しくて堪らない。


ベイビーブルーの抑圧