「ルリが身体を壊すからやめてくださいって散々止めたにも関わらず、兵長ってば最近ずっと徹夜で書類を片付けてたらしいのよ」

「兵長が…」

「そうなの。兵長としてはルリの負担を減らしてあげたかったらしいんだけど、それであの子が喜ぶ筈ないじゃない?」

それはそうだ。

誰よりも優しい彼女が、自分のために無理をされたと知ったらどう思うだろう。

「案の定、ルリはそんなことされてもちっとも嬉しくありません!て泣きながら怒っちゃって。それからずっとあんな感じ」

「…兵長、やらかしたんですね…」

「そう、やらかしたのよ」

うんうんと頷いて、ペトラはもう一度溜め息を吐き出した。

「…まぁ、それほど心配する必要もないかしらね。どうせそのうち耐えきれなくなった兵長が折れて、円く収まると思うし」

「で、でも…もし拗れたりしたら、とばっちりは全部俺達にくるんですよペトラさん…!」

「……………エレン」

「……………はい」

二人は顔を見合せ、次いで背後の扉に目をやった。

同時にツカツカと扉に歩み寄り、気付かれないよう気配を殺してドアノブに手をかけた。

薄く開いた隙間から、そうっと中の様子を盗み見る。

リヴァイとルリは先程エレンが入室したときと変わらない様子で書類仕事をしていた。

(…まだ喧嘩続行中みたいだな…)

万が一この状態が何日も続いたら。

脳裏を過った最悪の想像に、エレンが頭を抱えた時だった。

「……ルリ」

沈黙を保っていたリヴァイが、静かに口を開いた。

「なんでしょう?」

答えたルリの声は、多分に冷ややかな色を含んでいる。

一瞬怯み、息を飲むリヴァイであったが、決心したように立ち上がると彼女の傍まで歩み寄った。

躊躇いがちに伸びた手が、俯いたルリの髪に触れる。

びくりと細い肩が震えた。

「…お前を泣かせたかった訳じゃない」

拒否されないことが分かると安堵したのか、その手は優しくルリの頬を撫でた。

愛おしむように何度も、何度も。

「すまなかった」

「…兵長…」

顔を上げたルリの瞳から零れた涙を、リヴァイの指先が拭う。

彼女を見つめる眼差しはどこまでも優しい。

「…わたしこそ、怒鳴ったりして申し訳ありませんでした…」

「謝るな。お前は何も悪くない」

「いいえ!でも、一つだけ…約束してください、絶対無理はしないって」

リヴァイの胸元を縋るように握り締めたルリが、哀しげな笑みを浮かべる。

その儚げな微笑は、大いに彼の心の琴線を揺さぶったらしかった。

動揺したのが丸わかりなほど耳まで赤くなっている。

「お願いです、もしも兵長に何かあったら、わたし…っ…」

「分かってる…二度としねぇ。大丈夫だからもう泣き止め」

「はい、すみません…」

「馬鹿、擦るな。腫れちまうだろうが。冷やしてやるから待ってろ」

エレンとペトラは、覗き込んでいた扉をパタリと閉めた。

「……………」

「……………」

そのまま無言で歩くことしばし。

「「…バカップルが!!」」

二人が吐き出した魂の叫びは、見事にピタリと重なった。


犬も喰わない何とやら

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