(…あれ?)

朝の清掃が終了したことを報告しに訪れたエレンは、一瞬感じた奇妙な違和感に首を傾げた。

そこではこの部屋の主であるリヴァイが、いつもと何ら変わらない鉄面皮で小難しい書類に目を通している。

その傍らでは彼の補佐官であるルリが細々とした事務仕事を片付けており、エレンの姿に気が付いて優しく微笑んだ。

「エレン、お掃除が終わったの?」

「あ、はい!」

「そう、お疲れさま。今日は午後から会議だから、それまでは自由行動ね」

「分かりました」

いつも通りの筈だ。

なのに、いつも通りだと考えるほど肌を突き刺すような違和感に襲われるのは何故だろう。

心なしか肌寒ささえ感じる。

(…ただ何となくこの場所に留まっていてはいけない気がする…!)

自分の中の本能が命じるまま、とりあえずエレンは速やかな撤退を開始した。

バタンと扉を閉めた瞬間全身にぶわりと冷や汗が浮かぶ。

「…風邪でもひいたかな…?」

鳥肌の浮いた両腕を擦りながら、さて午後まで何をしようかと踵を返したとき、凄まじい形相をしたペトラが駆け寄ってきて、がっしりとエレンの肩を鷲掴んだ。

目が血走っている。

かなり怖い。

「エレン…!」

「えぇっ、ちょっ、ペトラさんどうしたんですか。なんか顔が怖、」

「あの二人の様子は!?」

「はい?」

「兵長とルリよ!どう、そろそろ仲直りした!?」

「…はい!?」

「シッ、声が大きい!」

「いや、そういうペトラさんも声大き…え、ちょっと仲直りってどういうことですか、まさか…兵長とルリさん…?」

「…そうよ…喧嘩中なの、あの二人…あぁもう面倒くさい…!」

ぎりぎりと悶えるペトラは一先ず置いておき、エレンはさっき見た二人の様子を思い返してみる。

二人はいつものように一緒だったし、兵長もいつも通りで、ルリさんだっていつもみたいに優しく笑っていた。

うん、何も問題はない。

「二人ともいつも通りでしたけど?」

「あまい…!甘いわよエレン。よーく思い出してみて」

ペトラはフッと哀愁漂う笑みを浮かべた。

なかなかどうして様になっている。

「二人は本当にいつも通りだった?何か違和感を感じたりはしなかった?」

「…あ、そういえば」

さっきあの部屋で確かに感じた、奇妙な違和感を思い出す。

(…なんだ…?俺は何かを見落としてる…?)

もう一度詳細に二人の様子を思い返していたエレンの頭に、突然天啓のように閃くものがあった。

「……あ!」

思わず四肢を付いてがっくりと項垂れる。

「…そういえば兵長がいつもみたいにルリさんにベタベタしてなかった…!」

「その通りよ」

第三者が聞いていたら間違いなく盛大にずっこけるか突っ込むかしていた答えだったが、ペトラはそれをあっさりと肯定してみせる。

こうでなくてはリヴァイ班の一員としてやっていけないのだと、エレンは虚ろな思考の隅で理解した。

「もう、お陰で朝からピリピリしっぱなし!兵長なんてルリに冷たくされるもんだから、谷より深く落ち込んじゃって」

(あれで落ち込んでたのか…!つーか兵長の表情読めねぇにも程があるだろ…!)

またしてもエレンはがっくり項垂れた。

「原因は一体何なんですか?」

まぁ恐らく非があるのは兵長の方なんだろうな、と思う。

そもそもルリさんにはとことん甘いあの人のことだ、彼女が何をしたって怒る訳がない。

それがねぇ、と溜め息を吐いて始まったペトラの説明は、そんなエレンの予想を裏切らない内容だった。


next page

×