調査兵団本部に住み着いていた猫が、最近子猫を生んだ。

どの子も掌に乗るくらい小さくて、真っ白で、ふわふわしていて、元気よくあちこちを跳び跳ねて遊んでいる。

それに癒された兵士が入れ替わり立ち替わり訪れては母猫や子猫たちにパンやらミルクやらを与えているので、すっかり慣れて人懐っこくなった。

本来愛玩動物の飼育は許されていないのだが、殺伐とした日々に身を置く兵士たちの心情を慮ってか、エルヴィン団長はそれを黙認してくれている。

というより、団長自身が密かに猫たちを愛でていることを、知らぬ兵士もいなかった。

そのうちご飯をあげる当番が自然と決められていて、今日はわたしがその当番の日である。

パンとミルクの入った籠を携えて訪れた裏庭で、目を見張るような光景に遭遇した。

(……あらまぁ)

なんと、あのリヴァイ兵長が。

地面にしゃがみ込んで、にゃあにゃあ鳴きながらまとわりつく子猫たちの喉元を、その指先でうりうりと擽るように撫でている。

撫でられている子猫はというと、ころんと転がって真っ白なお腹をさらけ出し、見事な服従のポーズをとっていた。

その愛らしい姿を見下ろすリヴァイ兵長の眼差しは、いつもよりどこか和らいで見える。

彼が見かけに反して優しい人だということは知っているけれど、これは新たな一面だ。

「…かわいい」

思わず口許が緩んで、声が零れた。

弾かれたように振り返った兵長が、わたしを見つけてややぎこちなく視線を逸らす。

でも撫でる手はそのまま。

(…かわいい)

もう一度言えば間違いなく機嫌を損ねるので、心の中で呟くに留めておいた。

兵長の傍にそっと腰を下ろすと、ご飯が貰えるのだと察した子猫たちが揃って見上げてくる。

「はい、兵長」

「…なんだ」

「わたし一人じゃ手が足りないので、手伝ってください」

にっこり笑って兵長の掌にパンを乗せる。

露骨に嫌そうな顔をされたけど、黙ってパンを細かく千切ってくれるあたりが、彼の優しいところだ。

「ゆっくり食べてね」

お皿にミルクを注いで、千切って貰ったパンを浸す。

はぐはぐと勢いよく食べる様子がたまらなく愛らしい。

お腹いっぱいになった子猫たちはすっかり眠くなったらしかったが、母猫の元へは帰らずに、兵長の膝へよじ登ってまあるくなった。

邪険にすることも出来ずに困り果てた視線を寄越す彼に微笑んでから、膝の上の小さくやわらかい身体を撫でる。

「きっと兵長の傍は安心だって、本能で分かるんでしょうね」

「…俺にどうしろと」

「たまにはゆっくり休息をとることも大事ですよ」

言外に、だから動くな、という意味合いを込める。

逡巡するように視線を落とした兵長は、やがて諦めたような溜め息を一つ吐き出して、わたしの肩に寄り掛かった。

ことん、と預けられた頭の重みが心地良い。

「…でも、この子たちの気持ち、分かるなぁ」

「あぁ?」

「わたしも、あなたの傍にいるととっても安心できますから」

「……ほう」

彼の声の調子が、何となく意地悪なものに変わるのが分かった。

何かまずいことを言っただろうかと隣を向けば、すぐ目の前に兵長の端整な顔があって。

「……!?」

ぺろり、と。

唇を舐められた。

抗う暇もなくあっという間に伸びてきた手で後頭部を引き寄せられ、零れた吐息ごと飲み込むように口付けられる。

「…っあ、…」

酸素を取り込もうと口を開けば、やわらかく舌を貪られた。

為す術もなくされるがままになっていると、にゃあ、と小さな鳴き声が響く。

「………!」

慌てて兵長の肩を押しやると、彼の膝に乗ったままの子猫たちが、円らな瞳でじっと見上げてくる。

ねぇねぇ、何してるの?と言うみたいに首を傾げて。

(…ものすごく後ろめたいのはなぜ…!)

相手は猫だ。

間違いなく猫なのだけれども。

「おい、お前ら」

そんなこと全く意に介さない兵長は子猫たちを一匹ずつ抱き下ろすと、至極真面目な顔でこう言い放った。

「俺はこいつを可愛がるのに忙しいんでな。分かったら母親のところに帰れ」

まさかその言葉が通じたわけでもあるまいに、子猫たちはにゃあにゃあ鳴いてトコトコ走って行ってしまう。

そんな馬鹿な。

「……さて」

わたしを見下ろした兵長は、ゆっくりと唇を吊り上げて笑う。

思わず後退ったが後ろは木だ。

ドン、と背中がぶつかってすぐに逃げ場がなくなる。

「言った通り、せいぜい可愛がってやる。上手に啼けよ」

『鳴く』の意味が違う。

抗議しようと思ったけれど、肌に触れる指先がどこまでも優しかったので、早々と降参してそっと広い背中へ手を回した。


pretty kitten

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