「あー…やっぱ降ってきたか…」

アスファルトを濡らす大粒の雨に思わずがっくりと項垂れた。

空を見上げると一面真っ黒で、どう考えても降り止む気配はない。

そりゃそうだ。

天気予報では午後からの降水確率が100%、見事な傘マークがくっ付いていた。

とはいえ遅刻寸前で飛び出したときにまだ雨は降っていなかったし、そもそも傘の存在を思い出したのは既に家から遠く離れた頃のこと。

取りに帰る余裕なんてない。

戻れば朝練完全遅刻、待ち受けるのは真田副部長の鉄拳制裁。

どちらを取るかは明白だ。

そんなわけで、ほかの立海生たちが悠々と自分の傘を開いて帰っていく背中を、俺はぽつんと見送っていた。

珍しく放課後は部活が休みで浮かれていたのだが、結果として全身ずぶ濡れで帰ることを考えると、どっちがマシだか分かりゃしない。

「…しょうがねぇ…帰るか…」

とりあえず携帯だけは濡れないように鞄の奥底へしまい込み、いざ!と足を踏み出した瞬間、後ろから綺麗な声が響いた。

「まさかこの土砂降りの中、傘も差さずに帰るわけじゃないわよね、赤也?」

「え、…瑠璃先輩!?」

よく知った声に振り向くと、ちょっと怒った表情の瑠璃先輩が立っている。

「体調管理もレギュラーの大切な仕事よ。大事な試合前に体調を崩したら、部の皆に迷惑がかかるの。分かるでしょう?」

「…はい…」

怒鳴られたりはしなかった。

だけど、どんな時でも優しい瑠璃先輩の諭すような言葉は、真田副部長の鉄拳よりも真っ直ぐに届いて、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

鼻の奥がツンと痛んで堪らず俯いた。

「自覚が足りませんでした…すいません」

「分かればいいの。ほら、もう怒ってないからそんな顔しないで!」

くしゃくしゃと頭の天辺をかき混ぜるように撫でられた。

顔をあげると、瑠璃先輩はいつもみたいに優しく微笑む。

この笑顔が大好きだ。

「じゃあここからはマネージャーの仕事。大事な赤也に風邪を引かせるわけにはいかないからね」

「え?」

先輩はにっこり笑って鮮やかな空色をした傘を開いた。

ちょっと傾けて、おどけたように差し出してくれる。

「よろしければご一緒しませんか、王子様」

「え、…えぇ!?」

「それとも、わたしとの相合傘はお気に召しません?」

大好きな先輩と、二人きりで相合傘。

「そんなことないっス!」

勿論断るわけがなかった。

「瑠璃先輩、俺持ちます、傘」

「うん、お願いね。あ、もしかして赤也また背伸びたんじゃない?」

「そうっスね、成長期なんで」

寄り添うように二人で傘に入ると、距離はほとんどゼロになる。

甘くていい匂いのする瑠璃先輩がすぐ傍にいるお陰で、正直心拍数が半端じゃない。

でも幸せ。

「男の子はどんどん伸びるよねぇ…うらやましい」

「そーゆーもんスか?でも……」

俺より頭一つ半下にいる瑠璃先輩を見下ろす。

抱きしめたら腕の中にすっぽり隠れてしまいそうなくらい小さくて、細い。

「先輩はちっちゃくて可愛いと思います」

「…ねぇ、ちっちゃいってそれ、褒め言葉?」

「褒め言葉ですって!」

「ほんとかなぁ」

瑠璃先輩は楽しそうに笑った。

すぐ隣にいるのに、届きそうで届かない距離が、少しもどかしい。

だけど。

「俺、ほんとは雨ってあんま好きじゃなくて。テニスできないし…髪も跳ねるし」

「うん、ふわふわだよね」

「ふわふわ…はい、まぁ…それは置いといて。でも今日ちょっと好きになりました、雨」

瑠璃先輩がいてくれるだけで、何もかもが特別になるから。

いつか伝えられればいいな、なんて思いながら、今目の前にある幸せな時間を、そっと噛み締めた。



あめあめふれふれ