雪のように鮮やかな白が舞う。

誰もが沈痛な面持ちで俯く中、紅蓮に染まる空に昇っていく仲間たちを、彼女だけは真っ直ぐに見上げ続けていた。

炎が燃え尽きるまで。

最後の一人が灰になるまで。

凜と背筋を伸ばして、一度も目を逸らすことなく。

それは彼女をよく知るリヴァイにさえ鮮麗な印象を与える姿だった。

火を囲んでいた人影が疎らになり、やがて地面に燻っていた煙も消える頃、彼女はようやく自分に注がれていた視線に気付いて振り返る。

「…リヴァイ兵長…」

「もういいのか」

「はい」

リヴァイの問い掛けに頷いて、ルリは足を踏み出し、彼の隣に並ぶ。

いつまでも同じ場所で立ち止まり続けることが許されないのは、互いに嫌というほど理解していた。

たとえどれだけ情を残していても。

「…そうか」

それ以上は何も言わず、リヴァイは黙って自分の左側にあるルリの右手をとり、強く握る。

少し躊躇ったあと、遠慮がちにそっと握り返してくるのがいかにも彼女らしかった。

居心地の良い沈黙がしばらく続く。

「…兵長」

やがて沈黙を破ったルリが静かに足を止めた。

繋がれていた手が優しく解かれる。

「少しだけお付き合い頂けませんか?」

「構わないが、何にだ」

リヴァイが頷くと、ルリは悪戯っぽい笑みを浮かべ、立てた人差し指を空に向けた。

「壁上デートに」

次の瞬間、アンカーを発射する音とともに、ルリの姿が一瞬で遠ざかる。

あっという間に小さくなっていく姿を見たリヴァイは、短く舌打ちしてすぐにその後を追った。

立体機動のスピードにおいて彼女の右に出る者はいない。

リヴァイでさえその背中を見失わずに追うのがやっとだ。

「…行くなら先にそう言え」

幾分遅れて壁の上に到着したリヴァイは、あれだけの速さで立体機動を駆使しながらも息一つ乱さず立っているルリを軽く睨む。

「ごめんなさい」

肩を竦めた彼女はしかし、唇にやわらかな微笑を刷いた。

本気で咎められているのではないと知っているからだ。

巨人の活動が弱まり始める日暮れ時ということもあってか、壁上の守備を担う駐屯兵団の姿は疎らである。

二人並んで腰掛けた先、遥か彼方に浮かぶ稜線の向こうで、燃えるように赤い夕日が音もなく沈んでいく。

「リヴァイ兵長」

「あ?」

「兵長は海を知っていますか」

「なんだ、藪から棒に」

リヴァイが訝しげに眉を寄せながらルリを見ると、彼女は沈み行く夕日を真っ直ぐに見つめていた。

仲間を見送っていたあの時と同じ眼差しで。

今にも零れ落ちそうな感情を、その掌に抱えたまま。

「大昔、人は海から生まれたんです。人だけじゃなくて、この世界で生きているものは全部」

「…何処でそんなことを知った?」

「小さい頃に読んだ本で。禁書だとバレてすぐに処分されたんですけど、これだけはずっと覚えてました」

真っ直ぐな眼差しが、少しだけ揺れる。

「海から生まれた人は、死んだらまた海に還って、もう一度生まれ変わる時まで静かに眠る。……本にはそう書かれていました」

「くだらねぇ気休めだな」

「…はい」

「だが、まぁ」

俯いたルリの髪を掻き混ぜるように撫で、リヴァイは微かに笑った。

泣くまいと虚勢を張っていた幼子のような表情が見る間に崩れていく。

脆さを隠して強く在ろうとする彼女を、いつだって愛おしく思う。

「もともと希望の少ねぇ世の中だ。気休めの一つくらいあっても悪くない」

「っ、はい…!」

「おい、泣くか笑うかどっちかにしろ。面白ぇ面になってんぞ」

「…兵長、仮にもお嫁入り前の女子にその言い草は…」

「どうせ俺が貰うんだから何も問題ねぇだろうが」

「………!」

真っ赤になったルリを抱き寄せ、滑らかな肌に指を滑らせながら、リヴァイはそっと瞳を閉じた。

彼女が傍にいるならば、自分はまだ戦うことができる。

他の何を失ったとしても。

まるで誰かに別れを告げるように、何処か遠くで雁が鳴いた。


黄昏のふたり

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