しなやかな細い腕が、するりと彼の腕に絡まった。

一目で高価だと分かる繊細なレースを贅沢にあしらった絹のドレスを纏うその細い腕の持ち主は確か、内地で王の傍近く侍る貴族の一人娘だっただろうか。

何れにせよ、調査兵団に莫大な資金を提供してくれる金のなる木であることは間違いない。

華やかな美貌に、およそ悲劇とは縁遠そうな無邪気な笑顔。

美しく煌びやかな、虚構の世界のお姫様。

きっとあなたは知らないでしょう。

自分を守る鳥籠の外。

残酷な世界で待ち受ける死を。

「…反吐が出そう」

「奇遇だな、俺もだ」

独り言だった筈が、右隣りから返る声。

視線だけそちらに向けると、我が物顔でわたしの手からグラスを奪ったリヴァイ兵長が一息でそれを飲み干した。

折角の高いお酒なのに勿体ない。

「兵長、お姫様のお相手はしなくてもよろしいので?」

「何がお姫様だ。あの女、黙っていればベタベタと、鬱陶しいことこの上ねぇ」

彼女が触れていた辺りをこれ見よがしに手で払っているのを見て、流石に同情した。

ちらりと彼女の方を見れば、多分これまでの人生で男にそんな扱いをされたことなどないのだろう、怒りと恥辱の入り混じった何とも言えない表情を浮かべている。

折角の美しい貌が台無しだ。

「けれど兵長、機嫌を損ねると後々厄介ですよ」

「俺が知るか。それに金蔓なら他にも腐るほどいる。アレに固執する必要はない」

そう言い放った兵長の眼中に、すでに彼女は存在しなかった。

「それより、ルリ」

巨人と相対した時並みの鋭い眼差しがわたしに向けられた。

何となく嫌な予感。

「お前、さっきから貴族の野郎共に絡まれていたな」

「…えぇ、まぁ」

どうしよう、見られてた。

向き出しの背筋を冷たい汗が流れ落ちる。

「何をされた?」

「え、や、特になにも」

「何をされたかと聞いている」

最早断定である。

ここで粘っても仕方がないので、早々に降伏することにした。

「…えぇと、あの、何と言うか、ですね?」

「さっさと言わねぇとこの場でひん剥く」

「…肩とか腰とかを撫で回されました…」

だからこんな肌の露出が激しいドレスなんて着たくないと言ったのに。

調査兵団の女兵士が由緒正しい貴族のお坊ちゃま方には余程珍しいのか、はたまた自分たちよりも身分が低い女を娼婦だとでも勘違いしているのか、やたら馴れ馴れしい振る舞いをされたのだ。

彼らが貴族でなければその薄汚い手を削ぎ落としてやったものを。

「…って、ちょ、兵長、駄目ですよ一体何しようと、」

「あぁ?誰のモノに触れたのか分からせてやるんだよ。いいからそこを退け」

「ダメったらダメです!ここを殺人現場にするつもりですか!」

「チッ、ごちゃごちゃうるせぇな。……ルリ」

「はい…っ…!?」

振り返った瞬間、うなじを引き寄せられ、思いっきり唇に噛み付かれた。

「ん、ん…っ…ふ…」

キスなんて可愛らしいものではない。

ねっとりと舌が絡み合う濃厚な口付けだった。

公衆の面前で好き勝手に口内を蹂躙したあと、濡れた唇を舐め取った兵長が笑う。

「今日のところはこれで勘弁してやる。あの頭の悪い連中にも見せ付けられたしな」

「…き、鬼畜ですかあなた…」

「ほう?随分余裕そうだな。帰りが楽しみだ」

グイ、とわたしの腕を掴んだ兵長が踵を返す。

「えっ、ちょ、でもまだ…!」

「あとはエルヴィンが何とかするだろう。いいから帰るぞ」

されるがままに腰を抱かれて華やかな喧騒から連れ出されるとき、ふと、あのお姫様と目が合った。

燃えるような瞳でわたしを睨みつけている。

知らず、唇に笑みが浮かんだ。

彼女の美しい表情が凍り付く。

(ねぇ、お姫様)

きっとあなたは知らないでしょう?

誰よりも優しい腕の中。

彼に愛されるという喜びを。


絶望パーティ今宵開幕


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