作戦は翌朝からスタートした。

館内を巡回する人数は敢えて減らし、私服姿の特殊部隊隊員たちを一般の利用者を装って館内に配置する、というのが大まかな流れだ。

下手にあれこれ画策するとボロが出かねないし、不自然にもなり易い。

作戦の要、囮役であるルリもインカムなどは付けずに人気のない場所を狙って移動することになった。

ここまでは概ねルリも予想していた通りだったのだが。

「…ねぇペトラ、いくら何でもこれはやり過ぎなんじゃ…」

「妥協しちゃダメよルリ、せっかくなんだから最高級の餌になって犯人を釣り上げなくっちゃ!」

「…あぁ、うん…」

かつてないほど楽しげな親友を前にして、それ以上は何も言えなかった。

どんな手を使ったのか総務から高額な経費をもぎ取ったペトラは、嬉々としてルリを頭の先から足の先まで飾り立てているのである。

普段よりも丁寧な化粧、コテで巻かれた髪はふわふわと揺れ、可愛らしいデザインのシフォンのワンピースが素材の良さをいっそう引き立てている。

すらりと伸びた細い足は惜し気もなく晒され、綺麗にペディキュアまで施された爪先は華奢なヒールのサンダルを纏って。

「うーん、我ながら完璧ね」

悦に入るペトラに向かって男性陣からは盛大な拍手が贈られた。

一身に視線を受けるルリは恥ずかしさのあまり真っ赤になって俯く。

なんの羞恥プレイだ。

「あのう、ペトラ?せめてもう少し丈の長いのが…」

「却下よ」

「…ですよねー」

「ルリさんすっげぇ可愛いです…!」

「本当…可愛い。大丈夫、ルリさんは私が絶対守る」

「ありがとうエレン、ミカサ」

キラキラと純粋な眼差しで見つめてくれるエレンとミカサだけがルリの救いだった。

リヴァイにだってこんな姿見せたことがないのに、何が悲しくて変態野郎のために着飾らなくちゃいけないんだろうか。

(…ダメダメ、集中しなくちゃ)

ぺちぺちと軽く頬を叩いて深呼吸を一つ。

絶対に捕まえてみせる。

「それでは諸君……図書館開館の10:00時を以て捜査を開始する。健闘を祈る!」

エルヴィンの指揮のもと、こうして犯人確保に向けた作戦は幕を開けた。

犯行時刻は一貫して図書館が最も混雑する開館直後から正午にかけての間。

正午までに何事も起きなければ、とりあえず作戦は翌日に持ち越し、ということになっていた。

ルリは隊員たちとアイコンタクトをとり、辺りに気を配りながら人気のない書棚を選んで館内を歩いていく。

それらしい人物も見当たらないまま、間もなく作戦終了の時刻になろうとしていた。

(…まぁ、昨日の今日だしね。警戒して来ないのも当然かも)

それにしても履き馴れない靴で歩き回るのはかなりしんどい。

館内でも特に奥まった配置にある国文学のスペースまで来たルリは、痛む踵を確認しようとヒールに手をかけた。

その、僅かな一瞬。

「……!」

「動かないでね」

ひやりと冷たい無機質な感触が、首筋に押し付けられる。

それが本物の刃物だと理解するまでそう時間はかからなかった。

(…しまった…完全に油断してた…!)

まさか相手が刃物まで持ち出すようになるなんて、誰も予想はしていなかった。

どうにか抵抗しようと身動げば、ますます強くナイフの刃先が押し付けられる。

皮膚が僅かに裂ける感覚がする。

ここまで冷静だったルリの表情に、初めて恐怖の色が浮かんだ。

近くにいるはずの隊員たちが誰も現れない。

(おかしい…どうして誰も来ないの!?)

はぁはぁ、と荒い吐息が耳元のすぐ傍で聞こえる。

「そうそう、じっとしててね。綺麗な顔に傷は付けたくないから」

「…っ…」

背後から掌で口を覆うように塞がれ、強い力で全身を抱き込まれた。

ナイフは離れたものの、体格差の所為で身動きさえできない。

男の手が、たくし上げられたワンピースの裾から覗く太股から臀部にかけてのラインを執拗に撫で回す。

(いや…っ…!)

吐き気がする。

恐怖と嫌悪から、それまで懸命に堪えていた涙が零れ落ちた。

「泣いてるの?かわいいなぁ」

べろり、と生温かい舌がうなじを這う。

(やだ…誰か…だれか、教官…リヴァイ教官、たすけて…!)

男の指が下着にかかった。

祈るようにルリが目を閉じた、絶望のような刹那。

「何をしてやがるこのクズが!」

ビリビリと空気を震わせるほどの大喝とともに、ルリに覆い被さっていた男の身体が呆気なく吹っ飛んだ。

全身から溢れる怒りを隠そうともしないリヴァイが、肩で息をしながら立っている。

(…あぁ、)

きてくれた。

安堵して、ルリは糸が切れるようにそのまま意識を手放した。