「…館内で痴漢被害!?」

内勤を終えて帰寮しようとしていたところをエルヴィンに呼び止められたルリは、信じがたい言葉に耳を疑った。

カウンター業務中に同じく呼び出されたペトラが不快感も露に溜め息を吐く。

「そう、しかもどんどん手口がエスカレートしてるの」

最初は擦れ違い様に衣服の上から身体へ触れる程度だった。

それがどうやら捕まらないことに味をしめたらしく、その行為はどんどん過激なものになり、今日の被害者は人気のない書棚に追い込まれ直接肌を撫で回されたという。

いずれも小柄で大人しそうな若い女性を狙った犯行だった。

「今回はたまたま館内を巡回中だったエレンとミカサが現場を目撃して、犯人を追ったんだが…寸前のところで取り逃がしてしまった」

腕を組んだエルヴィンが珍しく眉間に皺を刻む。

ルリも眉をしかめた。

抵抗できない女性を襲うなど、決して許される行為ではない。

「ペトラ、防犯カメラの映像は?」

「どうも館内を熟知してるみたいね。どの角度からも顔が映らないように行動してるわ」

エレンたちも暗がりだったため直接顔は見ていないという。

背格好だけでは犯人を特定するのは難しい。

「そこで、だ」

エルヴィンは真剣な眼差しでルリを見上げた。

視線を受けたルリも真摯な表情で頷く。

「囮捜査ですね」

「そうだ。被害者は全員小柄な若い女性…となれば」

「わたしが適任、でしょう?」

ルリはにっこり笑ってみせた。

エルヴィンが後ろめたさを感じていることが分かっていたからだ。

「ミカサは犯人に顔が割れていますし…小柄とは言えませんから。現行犯で取り押さえるなら業務部の女性に囮を頼む訳にはいきません。特殊部隊で囮にぴったりなのはわたしだけです」

「…本来なら女性である君に、こんなことを頼むのは…」

「お気になさらないでください、隊長。わたしは大丈夫です。それに…」

ぐ、と拳を握り締める。

「弱者を狙ったばかりでなく、本を楽しむこの場所を汚した犯人を、絶対に許しません」

「…そうか…すまない」

微かに表情を和らげたエルヴィンは、ふ、と苦笑した。

傍らのペトラも同じような笑みを浮かべる。

「しかしこう言っては何だが、リヴァイのいない時で良かった」

「本当ですね、まったく」

「?どうしてそこでリヴァイ教官が?」

突如飛び出した上司の名前にルリは首を傾げた。

彼女の所属する班の班長であり恋人でもあるリヴァイは、現在他の図書基地へと出張中である。

その彼が一体今回の件と何の関係があるというのだろう?

「君に囮捜査を頼むだなんて、リヴァイが知ったら私を殺しかねないからね。ペトラもそう思うだろう?」

「…えぇ。ぶちギレて手当たり次第に隊員に当たり散らしたあげく、隊長室に殴り込みをかけたでしょうね」

リヴァイがこの年下の恋人をどれだけ大切に思っているか知っているエルヴィンとペトラは口を揃えた。

実際、囮の件に関しては図書隊全てに箝口令を敷かねばと本気で考えていたのだが、そんなこととは露知らないルリは不思議そうな顔をするだけだった。

「リヴァイ教官だったら、犯人の確保に全力を上げろって言うと思うんですけど…」

「…うん、ルリ、あなたはいつまでもそのまま純粋でいなさいね」

慈愛に満ちた笑顔を浮かべたペトラが、ぽん、とルリの肩を叩いた。

何はともあれ、こうして卑劣な痴漢野郎を取っ捕まえるため、図書隊全てを巻き込んだ囮捜査が始動したのである。