艶やかな髪も、滑らかな肌も、柔らかな唇も。 欲しかったそのどれもを手に入れたはずなのに、餓えにも似た欲求はまるで収まることがなかった。 ルリを見るたび、腕の中に閉じ込めて傷一つ付けることなく大切に慈しんでやりたいという想いと、いっそ呼吸ができなくなるまでぐちゃぐちゃにして喘ぐ顔が見たいという、相反する感情が入り交じっては思考が掻き乱される。 笑顔が見たいのに、泣かせてばかりいる。 何一つ上手くいかない。 「リヴァイ、それはさぁ」 馴染みの酒場で隣に座ったハンジが、呆れたと言わんばかりの表情を浮かべながらグラスを呷った。 「私じゃなく、ルリに直接言ってあげるべきなんじゃない?」 「…テメェが話せと抜かしたんだろうが」 「あぁ、そうじゃなくて。何て言えばいいのかな」 無性に腹が立ったので蹴り飛ばしてやろうと思ったが、珍しく真面目な顔をしていたので黙って続きを待った。 「ルリに、自分の考えてることとか気持ちを、きちんと話したことがある?」 「どういう意味だ」 「あの子、リヴァイと一緒にいるとき、いつも無理して笑ってる。気付いてるよね」 「………」 掌の中のグラスを、ゆっくりと回す。 溶けた氷が無機質な音を立てて崩れた。 「リヴァイがルリを大切に想ってることは分かるよ。貴方にしては珍しく分かりやすいほど顔に出てるし」 「…それなら、」 「でも、だからって無言で察しろって言うのは違うんじゃない?言葉を惜しんであの子を失いたくないなら尚更ね」 次の瞬間、楽しげな笑みと共に、ドンと思いきり背中を押された。 咄嗟に堪えきれず踏鞴を踏む。 「ハンジテメェ、何しやがる…!」 今度こそ蹴り飛ばしてやろうと顔を上げたその先には、ハンジではなく、それより遥かに小さく華奢な女の姿があった。 「…何故ここにいる」 慣れない酒場の雰囲気に落ち着かない様子で、ルリはぎこちなく微笑んだ。 「ハンジさんに呼ばれたんです」 「あのクソメガネ…」 次に会ったら絶対殺す。 深く溜め息を吐き出すと、それが自分に向けられたものだと思ったのか、ルリの肩がびくりと震えた。 「ごめんなさい…お邪魔でしたね」 「…っ、待て…!」 即座に踵を返そうとした彼女の腕を掴んで強引に引き戻す。 折れそうなほど細い手首から伝わる熱が、じわりと指先に浸みた。 らしくもなく動揺している自分に腹が立つ。 「違う…お前が邪魔だとは思ってねぇ」 「…はい…」 俯いたルリは、しばらく躊躇ったあと、そっと口を開いた。 「…あの、兵長…?」 「なんだ」 「見られてます…」 「は?」 周囲を見回すと、好奇の視線が自分達に注がれていることに気が付いた。 確かに兵団の制服は目立つだろうが、何より酒場の男共が舐めるようにルリを見る視線が多い。 その目玉を削ぎ落としてやろうかと、一瞬本気で考えた。 「チッ…出るぞ」 代金をカウンターに叩きつけ、掴んだままの細い腕を引いて外に出る。 そのまま歩いて街の喧騒から遠ざかった。 ルリは何も言わない。 あの子を失いたくないなら。 ハンジの声が聞こえた気がした。 (…俺がどんな思いでコイツを手に入れたと思っていやがる) 失うだと? 糞食らえだ。 「…ルリ」 「はい」 名前を呼ぶと、不安そうな色を浮かべた瞳が、戸惑いながらも真っ直ぐに見上げてくる。 手近な壁にその身体を押し付けて両腕を捕えた。 「兵長…?」 「一度しか言わないからよく聞いておけ」 ようやく手に入れたのだ。 逃がしてなどやるものか。 「俺はどうでもいい女を傍に置くほど暇じゃない。ましてや抱けるほど酔狂でもねぇ」 潤んだ瞳が、大きく見開かれる。 「愛してる」 「…っ…!」 その一言を囁いた瞬間、堪え兼ねたように、ルリは声を上げて泣き始めた。 「…おい、なんで泣く」 「だっ、て、うれし…っ…!」 「嬉しくても泣くのか…女ってのは面倒だな」 だが、まぁ、悪くない。 涙に濡れて塩辛い唇を啄ばみながら、ひっそりと笑った。 相反 ×
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