「…誰が可愛いだと?エレン」

ギギギ、と音がするほどぎこちなく顔を上げたその先には。

「へ、兵長…!」

「お前は少し躾直す必要がありそうだ」

その視線だけで多分人が殺せる、というくらい凶悪な目付きで笑ったリヴァイ。

「へへへ兵長、ルリ、ルリさんは…!?」

「厩舎には居なかった。入れ違いだったらしいな」

「……!」

声にならない悲鳴を上げたエレンは、無駄な抵抗と知りつつ一歩後退る。

ルリの姿がなかったことがリヴァイの機嫌の悪さを加速させたことは明らかだ。

そこにさっきの自分の一言が止めを差したのだ。

ゆらり、とリヴァイの手が伸びる。

(…やばい削がれる…!)

覚悟を決めたエレンがぎゅっと目を閉じた、まさにその瞬間。

「あ、リヴァイ兵長!」

軽やかに澄んだ声が、絶体絶命だったエレンを見事に窮地から救った。

パタパタと駆け寄ってきたルリはやけに近い二人の距離に首を傾げながらも、蕩けるような愛らしい微笑をリヴァイに手向ける。

エレンは自分が生命の危機を脱したことを知った。

「エルヴィン団長が探してましたよ。次回の壁外調査の隊列編成のことで確認事項があるそうです」

「そうか。わざわざ悪いな」

「いいえ、わたしの仕事は兵長の補佐ですから」

にっこり笑うルリの髪をくしゃりと撫でたリヴァイは、当たり前のように彼女の手を取ってそのまま踵を返した。

ルリも繋がれた手に関しては何も言わず、「じゃあまたね、エレン」と微笑んでそれに従う。

雑巾を握り締めたまま、ぽつん、と一人取り残されたエレン。

「………理不尽っ!」

力の限り投げつけた雑巾は、見事な放物線を描いて遠く離れたバケツに収まった。



憂鬱オペレッタ


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