「おい、エレンよ」

「は、はいっ!」

せっせと朝の日課である床の拭き掃除をこなしていたエレンは、背後から突然声を掛けられ、脊髄反射で飛び上がった。

恐る恐る振り返ると、其処には至極不機嫌そうな表情のリヴァイが腕組みをして立っている。

(…また掃除のやり直しかな…)

内心びくびくしていたエレンだが、しかし次の言葉は予想と大きく違うものだった。

「ルリを見なかったか」

「へ!?」

「…ルリを見なかったかと聞いている」

ぱちぱち、と元から大きな瞳を更に見開いて、その問い掛けの意味を呑み込むのに十数秒。

「遅ぇ、グズが」

「痛っ!!」

容赦のない蹴りがエレンの向こう脛を直撃した。

「あ、あのっ、ルリさんならさっき厩舎の方に行くって言ってました!」

涙目で蹴られた箇所を擦りながらもエレンが答えると、不機嫌全開だったリヴァイの表情が微かに緩んだ。

そうか、と頷いてさっさと踵を返す。

あっという間に遠ざかる背中を呆然と見送ったエレンは、世の不条理を噛み締めつつ、とりあえず掃除を続けることにした。

ぎゅうぎゅうと雑巾を絞りながら考える。

(…あ、兵長が不機嫌だったのってもしかして)

いやもしかしなくとも。

「ルリさんが傍にいなかった所為か…」

ここに至るまで既に、人類最強と称される男の機嫌を左右できる存在がたった一人の女性であるということは、嫌と言うほど学んでいる。

「…あぁ見えて兵長も可愛いところあるよな」

へら、と笑って拭き掃除を続行しようとした時、エレンの手元に影が一つ、落ちた。

俯いた首筋に突き刺さるほど冷たい殺気が容赦なく降り注ぐ。


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