時計の針は、真夜中を指した。

耳を澄ましても聞こえるのは机上に広げた紙面とペン先の擦れる歪な音だけ。

何時間も同じ体勢で座り続けた体が、ひどく軋む。

(…さっさと片付けて寝ちまうか)

凝り固まった肩を鳴らして再び書類に視線を戻した、そのとき。

ぺたり。

冷ややかに静まり返った廊下の向こうから、奇妙な音が響く。

ぺたりぺたりと聞こえるそれは段々と大きくなり、そうして、少しの沈黙のあとに部屋の前で止まった。

次いで、遠慮がちに扉を叩く音。

「……?」

こんな時間に他人の部屋を訪れるものがいるだろうか。

首を傾げながらもわずかに扉を開いた、その先には。

「…リヴァイっ…」

涙をいっぱいに貯めた、まるで湖のような瞳でこちらを見上げてくるルリがいた。

胸の前で祈るように組み合わせた手が震えている。

「ルリ…」

こんな時間に、どうした。

尋ねようとした声は、泣き声とともに伸びてきたやわらかな掌の温度に消えた。

ぎゅう、と抱きついてきた彼女は、離すまいとするように指先に力を込めている。

「どうした、怖い夢でも見たか?」

軽すぎる身体を抱き上げて自分のベッドに運びながら、瞳を覗き込む。

どうにか嗚咽を飲み込んだルリは、こくこくと頷いて、それでもまたぼろぼろと涙を零した。

細い両腕が縋るように伸びてきて、首のあたりに巻きつく。

抱き寄せると、陽だまりのようなあたたかい匂いがした。

「…大丈夫だ、ルリ」

震える背中を撫でながら耳元で囁く。

「俺がいるんだ。怖いことなんて何もないだろうが」

額を合わせながらそう言うと、強張っていた身体の力が僅かに緩んだ。

「…どこにもいかないで、リヴァイ…」

「誰がお前みてぇな泣き虫を置いていくと思う」

「そう…だよね。ごめん」

涙声のまま、それでもルリはようやく花が綻ぶように微笑む。

「…お前はそうやって笑ってろ」

たとえ恐怖や困難や、多くの理不尽なことに塗れて歪んだ世界でも。

この笑顔が傍にあるならば。


Only my shine



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