※エレン視点でリヴァイ×夢主



「あ、ルリさ、ん…」

廊下の先に見知った姿を見つけ、話しかけようとしたその言葉を思わず飲み込んだ。

訓練兵の時、座学の教官を務めていたルリさんは、美人で優秀で優しくて、同期の中には彼女に恋心を抱く者も少なくなかった。

勿論俺も例外ではない。

調査兵団では副兵長を拝命するほどの人なので、当然下っ端である俺たちが顔を合わせることなどそう多くはなくて。

でも、きちんと一人一人のことを覚えてくれていたルリさんは、たまに会うと「こんにちは、エレン」と優しく笑ってくれるのだ。

こんな貴重な機会は滅多にないので本当は今すぐ駆け寄ってしまいたかったけど、躊躇ったのには大きな理由があった。

彼女の隣には、あの人類最強と名高いリヴァイ兵長がいたのだ。

別に嫌いなわけじゃないし、尊敬もしているが、なんというか、苦手な人では、ある。

視線の先の二人は額を寄せあって書類を読んでいた。

時折兵長が言う言葉に、相槌を打つルリさんが楽しそうに声を立てて笑う。

そこには第三者が立ち入ることのできない親しい者同士特有の空気があった。

「…いいな、兵長…」

自分も早く彼女に近付けるようになりたい。

そのためには、もっと強くならなければ。

そう思って踵を返そうとした時だった。

窓から吹き込んだ一瞬の風に、ルリさんの綺麗な黒髪が舞い上がる。

少し乱れたそれに、ちょっと呆れ顔の兵長が手を伸ばして。

「…あ」

優しく、優しく。

誰から見ても分かるほど優しく。

まるで大切なものを愛でるようにそっと、彼女の髪に触れている。

くすぐったそうに笑うルリさんの耳元で兵長が何かを囁くと、白い頬がほんのりと淡く染まった。

それを見た兵長の表情も、やわらかに和む。

(あぁ、そっか…)

特別なんだ、と思った。

小さな痛みを訴える心臓の奥で。

あの二人は、お互いが特別なのだ。

俺にとってのミカサやアルミンのように、いや、もしかしたらきっとそれ以上に。

失恋は確定だ。

だけどどうしてか、不思議に清々しい気持ちでいっぱいだった。

これ以上は不粋な気がして今度こそ踵を返す。

最後にもう一度だけ振り返ったとき、兵長がルリさんのほっそりした指先を掴まえて、自分の方に引き寄せているのが見えた。

二人のために、この穏やかな時間ができるだけ長く続きますように、なんて柄じゃないことを思いながら、足早に廊下を駆け抜けた。


静かな恋のおわり

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