遮るもののない世界で見上げる空は、こんなにも高く広いのだと、見るたびに不思議な感動を覚える。

鮮やかな青と穏やかな白のコントラストが造り出す濃淡は見飽きないほど美しい。

「…綺麗だなぁ…」

もっとも、今回が初めての壁外調査である新兵の面々は、とても空を見上げる余裕など無いに等しいらしかった。

手綱を握る手や噛み締めた唇が可哀想なほど震えている。

彼らにとって、否、人類にとってこの美しい世界は、ただ残酷で恐ろしい死の待つ場所でしかないのだ。

「相変わらず余裕のようだな」

「兵長…」

美味しそうに水を飲む毛並みの良い白馬を宥めるように撫でたリヴァイ兵長は、微かな笑みを浮かべてわたしを見る。

「お前は初めての壁外調査の時もやたら楽しそうに空を見てた」

「お、覚えていらしたんですか…」

「大した女だと思った」

「…できたら今すぐ忘れてください…」

調査報告書に「空がとても綺麗でした」と書いた強者は後にも先にも君だけだと、爆笑するエルヴィン団長に言われたことは、最早黒歴史とさえ言ってもいい。

「何を考えて空を見てる」

「え?」

つい、と伸ばされた指先が、まるで愛撫するように優しく頬のラインをなぞった。

半ば強制的に視線がぶつかり、何処にも逃げ場を失う。

多分、いや絶対、わたしの顔は赤い。

「リ、リヴァイ兵長…!」

「気にいらねぇ」

「は?」

「そんな目で見るな」

「そ、そんな目と言われても」

どんな目をしてるんだわたし。

思わず狼狽して後退ったら、いとも簡単に腕を掴まれ引き戻された。

力は強いのにちっとも痛みを感じないのが何だか嬉しいなと思っていたら。

「ルリ」

ちゅ、とやけに可愛らしい音とともに、掠めるようにやわらかな熱が唇に触れた。

リヴァイ兵長の纏う爽やかな石鹸の香りが鼻腔を擽り、離れていく。

「…え?」

何をされたか理解した瞬間、言語中枢が吹っ飛んで脳が大混乱を起こした。

「う、え、あ、えぇっ!?」

「何語だ其れは」

「リ、リヴァイへいちょ、」

「…チッ。続きは帰ってからだな」

泣く子も黙る形相で視線を彼方へ向けた兵長は、手綱を掴むと一気に馬に跨がった。

数キロ前方、森を抜けたあたりから、敵の出現確認を報せる赤い信煙弾が上がっている。

瞬時に頭を切り替え兵長に続いた。

「ルリ」

「はい」

「死ぬなよ」

真っ直ぐな瞳がわたしを見つめる。

鮮やかに、笑ってみせた。

「死にません。帰って、続きをしてもらうまでは」

「…いい度胸だ」

馬を駆り、森を抜ける。

開けた視界の先には凄惨な光景が待っている。

だけど、それでも。

いつかこの空を取り戻すために。

あなたと生きる、未来のために。



虚構を穿つ



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