普段より遥かに体温の高い柔肌に触れて、思わず舌打ちが漏れた。

伏せられた長い睫毛はピクリとも動かず、唇から聞こえるのは苦しげに繰り返される微かな呼吸だけ。

「…無理をするなと言っただろうが」

いつもなら、すみません、と言って軽やかに笑う声は応えない。

額に張り付いた前髪を梳きやり、滲んだ汗を冷やしたタオルで拭ってやると、表情が少し和らいだ。

そんなことを繰り返して数時間が経つ頃。

苦しげながらも一定だった呼吸が、僅かに乱れた。

「ルリ」

名前を呼んだ瞬間、閉ざされていた瞼がゆっくりと開かれる。

熱に潤んだ瞳が静かにこちらを見上げた。

「リヴァイ、へいちょう…」

ひどく掠れた、いつもより幼い抑揚の声。

額に手を当てる。

幾分下がった体温に安堵したが、それでもまだかなり熱い。

「…あ、の、わたし…?」

意識が混濁しているのか、自分の置かれた状況が把握できていないらしい。

とろりと、何処か甘さを孕んだその眼差しに、不覚にも理性が揺らいだ。

「…書庫でぶっ倒れたんだ。覚えてねぇのか」

「…書庫…」

欠けた記憶を彷徨って虚ろだった瞳が、途端にはっきりと焦点を結ぶ。

「わ、わたし、兵長にご迷惑、を…っ…」

勢いよく起き上がった所為で身体に負担が掛かったらしく、痛々しい咳が零れた。

慌ててその細い背を撫でながら、傍らにあった水差しを口許に運ぶ。

「ゆっくりでいい、ルリ。落ち着いて飲め」

白い喉が水を嚥下したのを確認し、もう一度背を撫でた。

起き上がる力さえほとんどないらしく、くたりと寄り掛かってきた身体を支えてやりながらベッドに横たえる。

咳き込んだ拍子に目尻から流れた雫を指で拭い、熱さの残る頬に触れた。

「いいからさっさと治せ。あんな思いは二度と御免だ」

「……?」

不思議そうに見上げてくるあどけない表情に苛立ち、その目元を隠すように掌で覆う。

「黙って寝ろ」

「…はい…」

途端に、唇から穏やかな吐息が零れ落ちた。

手を退ければ其処には安心しきった幼子のような寝顔。

人の気も知らずに、呑気なものだ。

書庫の床で崩折れるように倒れたルリを見た瞬間、馬鹿みたいに狼狽えた自分を思い出して自嘲する。

大切なものはいつだって簡単に掌からすり抜けるのだと、嫌でも刻み込まれた灼け付くような焦燥。

「置いていくなんざ許さねぇからな」

握り締めた華奢な指先へ、祈るように口付けた。


いつか慈雨の降る大地で



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