別に、今更もう一度、あの頃の無邪気な関係に戻りたいわけじゃないのだ。 やっとの想いで手に入れた彼女の隣りを譲る気だってもちろん、更々ない。 なのに。 …それなのに。 「ほら、また間違ってる。しょうがないなぁ赤也は」 「わ、分かってますっ!てか、子供扱いはマジやめてくださいって!」 どうしても気になってしまう目線の先には、手のかかる後輩に勉強を教えてあげながら、可愛くて仕方ないというように微笑む瑠璃がいる。 整った指先が、赤也の頭を優しく撫でた。 なんだそれ。 「…面白くないなぁ」 思わず呟いてハッとする。 いやいや、あれは、あんなものは、ただのスキンシップじゃないか、冷静なれ、俺。 けれど苛々は止まらない。 あの笑顔は、手は、声は、愛情は、彼女を構成する全てのものは、正しく自分だけに向けられていたはずだ。 その特権を他の人間に奪われるのはやっぱり、面白くない。 感情に任せて立ち上がると、派手な音を立てて椅子が倒れ、ようやく彼女もこちらを向いた。 きょとんと見開かれる瞳と、視線が重なる。 「…瑠璃、ちょっといいかい」 にっこり、最上級の笑みを浮かべてみせると、動揺したようにその頬が赤みを増した。 「どうしたの、幸村くん」 「いいから来て」 慌てる彼女の細い腕を掴んで強引に立たせ、部屋の外に引きずる。 ぽかんとした表情の赤也とノートに何やら書き込む柳が視界の端に写るが、今はそれどころじゃない。 部室の扉の閉まる音が、やけに虚しく響いた。 ⇒next |