不安のためからか周りの皆が会話を絶やさない。
静かなはずなのに、1人1人の声がなぜか大きく聞こえてガヤガヤとうるさく聞こえてしまう。ドクン、ドクンという自分の心臓の音も体全体で聞こえた。
「(ど、うしよう・・・)」
そう思えただけ奇跡だ。
つい最近まで試験なんてまだ先、なんて思っていたのにもう30分後には試験開始のところまできてしまった。この前高校に入学して、この前まで2年生という気楽な立場にいて、この前まで最後の夏を勉強しつつも楽しもうと言っていて、この前までテストや模試の結果に一喜一憂して、この前、年明けの合格祈願を、してきたばっかりだと、いうのに。
周りの人は馬鹿みたいに落ち着いているように見えるし、私ばかりが緊張しているように思えてしまって余計に焦る。絶対に私の周りの人だって焦っているはずだから、緊張しているはずだからと自分に言い聞かせても、脳が私を焦らせる。体が思うように動かなくて、頭が真っ白でもう他に何も考えられない。
どうしようどうしようどうしよう。
あんなに一生懸命考えた覚えた単語も記号も公式も、全て、頭から、抜けていく感覚、で、不安で怖くて泣きそうだ。
「ナマエ?」
不安に襲われている私に誰かが声をかけてきた。聞き覚えのある声なのに真っ白な脳内のせいですぐその人物に繋げられない。
ドキッとしながらも声が聞こえた背後にゆっくりと顔を向けると同じクラスの翔陽の王子が、そこにいた。
「ふ、じま?」
「そーだよ、何固まってんだよ。」
お前らしくもない、と同じクラスの藤真がいきなり私の前に現れた。学校単位でセンター試験の申し込みをしているから同じ会場にいるのはわかっていたけれど、同じ教室だとは思わなかった。自分の緊張と戦い続けていたせいで周りのことをよく見れていなかった証拠だ。
ビックリしている内に藤真は私が座っている席に片手を乗せて体重をかけている。
「何、緊張してんの?」
「当たり前じゃん!ガチガチだよ・・!」
ちょっと震えた声で訴えかけたのに、ふーんというあまり関心の無さそうな返事が返ってきた。
いつもと全く変わらない藤真の表情に逆に私が不安になってしまう。
今日だけの結果で、この先のすべてが決まってしまうというわけではないけれど、1番最初の、今までの努力が咲くか咲かないかの大勝負なのだ。
これを失敗したとしても、そのあとの試験にすべてをかけて、全力で挑んで挽回する機会があるかもしれない。けれど、最初からコケたくなんてない。だから私は、いつも以上にいろんなことを考えてしまって、でも考えられなくて、矛盾して、1人でパニックなのだ。
そんな不安を藤真に全部ぶつけるわけではないけれど、私は自分の緊張をほぐすために声を出そうと、ゆっくり口を開いた。
「藤真は緊張してないの?」
「悪ぃな、俺の辞書に緊張の文字は無い。」
だって俺自信あるから!と得意げに笑った。
そうだ、藤真はこういう奴だ。自分に自信たっぷりで絶対緊張の色を見せない。
藤真が夏が終わってから冬の大会に向けて頑張ってたのと同時に、こっそり勉強も頑張っているのを影から見ていた私は納得してしまう。あんなに頑張ってたんだもん、失敗する要素は何処にも無い。
それに引き換え、私は今まで頑張れていただろうか。
藤真をはじめとする、全国の受験者に負けないくらい、がんばれていた、だろうか。
勝てるんだろうか。こんなに自信を持った人たちに。
今までの自分の努力を信じて疑わない人たちに。
今まで自分なりに努力はしてきたつもりだけれど、いざ正念場まで来てしまうと、もう、自分のことを信じてあげられなくなってしまう。雰囲気にのみこまれてしまう、のだ。
「・・・・おい、」
「え・・・?いっ・・!何すん・・・!」
「リラックスしろよ。」
下を向いて、自分の不安にぐるぐると巻きこまれていると、藤真に声をかけられたので視線を上に向けた。すると同時におでこに衝撃が走った。藤真のデコピンが私を直撃したのだ。今まで覚えたもん全部忘れたらどうしてくれんの!と思わず声に出しそうになった時、一言優しく、でも強い声で藤真は笑った。
藤真の視線に自分の視線を合わせれば、藤真は今まで見たことないくらい、とっても優しく笑んでいる。
そしてポケットに手を突っ込んでガサゴソと何かを探り、「あったあった」となにかを探り当てると、私の右腕を引いて私の手にチョコバナナ味の棒つき飴を握り締めさせた。
「お前ならダイジョーブ。」
頑張ってたの知ってる。
そう言ってニマッと笑うとガシガシと私の頭を撫でて自分の席に戻っていった。
ずっと見てたよ
(俺も)(私も)
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藤真は人を鼓舞したり自信を付けさせたり心を解すのが凄い上手な人だと思う。
私も試験とか緊張しないタイプでした。私の場合、ただの当たって砕けろ精神ですが(笑)だめならダメで、受け入れたいタイプです。皆様のご健闘をお祈りいたします。