俺としたことが、ミスってしまった。
この前手に入れた、若返る薬を、そのまま置いておいてしまったのだ。
ナマエは毎日ビタミン剤を朝飲むことを日課にしていて、それと間違えて飲んでしまったのだ(いつも飲んでる癖に間違えるんじゃない、とも思うが・・・)
結局は俺のミスだ、もう何も言えない。
言えない、が。いくらなんでも5歳まで若返ってしまうと、は・・・。
ちょうど3時のおやつタイムの時の事だった。
おやつの時間なんて何年も意識してなかったけれど、薬のせいで体も思考も幼くなってしまったナマエが、なにか物ほしそうに時計と俺をチラチラ交互に見ていたことでそれを意識し、理解した。
普段菓子を食べていなかったわけではないが、「おやつタイム」なんていうものに捕らわれずに好きなものを好きなときに自分で補給していたので「おやつの時間」など全く脳内から離れてしまっていたのだ。
おやつの時間に気づいた俺は「ちょっと待ってろ」とナマエの頭を撫でてから1度部屋から出る。
ホームにある共同の冷蔵庫に手を伸ばして中を覗く。すると誰かが食べる為に買ってきたであろうショートケーキがあったので、勝手に拝借した。
共同の冷蔵庫に入れておいた奴が悪い。盗られたくなければ名前を書いておけ。
まぁ、ほしいものは奪うがモットーなのだから名前を書いたって全く意味はなさないのだけれども、なんて思いながら部屋に戻るとナマエが目をきらきらさせながらドアの前で正座をしながら待っていた。
「ケーキ!」
「食べたいか?」
「うん!」
ちょうだい!と手を伸ばすナマエに、ふっと思わず笑ってしまう。
手を洗うように指示すると、ナマエは素直に頷いて洗面所へと駆けて行った。
その間に俺は念のためにケーキの毒味をする。悪戯のためにわざと共同スペースにおいておいたケーキかもしれないし、日が経って痛んでるかもしれない。
生クリームを舐めたが、どうやら毒は入っていないらしい。苺を見ても痛んでる様子は無かったのでテーブルに置くと、丁度ナマエが手を洗い終えて帰ってきた。
「食べていい?」
「どうぞ。」
にっこりと笑んでフォークを渡してやると、嬉しそうにいただきますと言ってケーキを口へ運んだ。上に乗っていた苺は皿の端に避ける。きっと最後に食べる為にとっておくのだろう。
それにしても精神年齢が子どもに戻ってる割には綺麗に食べていた。こぼす気配は無いが、口についたクリームだけ拭ってやる。
一口一口とても美味しそうに、幸せそうに食べるナマエを見ているとなんとも不思議な気分になる。
そしてその気持ちがさらに膨らんだのは、最後にナマエが苺にフォークを刺した時だった。
「クロロ、あーん。」
「・・・・は?」
「あーん!」
あげる!とナマエは期待いっぱいのまなざしを俺に向ける。
てっきり最後に自分で食べる為にとっておいたものだと思っていたから予想外の行動に思わず間抜けな声を出してしまった。
「甘そうなのに、俺が食べていいのか?」
「うん、クロロにあげる!」
ナマエは中に入ってた苺食べたから!とふにゃりと笑う。
小さくなっても、優しい所は変わらない。
ありがとう、と言って遠慮なく苺をもらうと、ナマエは嬉しそうに目を細め、頬を染めた。
ナマエは「ごちそうさまでした」と皿の上にフォークを乗せて手を合わせる。お粗末さまでした、なんて普段言いもしないようなことを言い返してしまうのは小さい子ども相手だからだろう。
そんなことを思いながらケーキを食べ終えたナマエの両脇に手を差し込んで抱き上げ、自分の膝に乗せると、ナマエは嬉しそうに俺に身をゆだねた。
「ねぇねぇクロロ。おとな、っていつからおとな?」
ナマエが大きな目をくりくりさせ、上目遣いで聞いてきた。
なぜだ、何故この角度なんだ。腕の中にいる小さな恋人は俺を見上げて大きくて綺麗なクリクリした目で俺を見る。今説明したのを簡単に言えば上目遣いなのだ。しかも幼さ特有のほど良く潤んだ瞳。
そしてなぜいきなりこの話題なのだろうと思いながらも自分の平常心を保ちながら口を開く。
「あー・・、・・・・二十歳じゃないか?」
「はたち?」
「ニジュッサイ。」
「ふぅーん。」
にじゅっさいかぁ!と嬉しそうに小さな手を口元に持っていってクスクスと笑う。
だがナマエは笑うのを止めた。
体と共に思考も幼くなってしまったナマエは、20歳というのがどれくらいの年なのかわからなくなってしまったらしく、一生懸命小さくて細い自分の両手の指を眺める。
「ナマエのお手て、じゅっこ?」
「ナマエの指は10本あるな。」
「んー、じゃあニジュッサイはどれくらい?」
「あとプラス10本だ。」
そう答えてやりながら俺はナマエを後ろから抱えたまま、ナマエの手の傍に自分の手を持って行く。
「ナマエの指が10本。俺の指が10本。足して20本。」
「むずかしい。」
「だろうな。」
お前の脳内年齢じゃなぁ、とよしよしと頭を撫でてやる。
幼すぎるナマエの脳内じゃ、たとえ指が20本あることが理解できたとしてもそこからまた「20本がなんなの?ニジュッサイが‥あれ?」などと新たな疑問が生まれてしまうだろう。自分のやっていることが途中でわからなくなるのが幼い子ども特有だ。
「それにしても、なんでそんなこと聞くんだ?」
優しく頭を撫でてやりながら問い返した。
すると気持ちよさそうに目を細めてすり寄ってくる。
「しょーらいのゆめはクロロのおよめさん!おとなにならないとおよめさんになれないんでしょ?」
さっき絵本で読んだ!と顔を赤くしながら弱々しく、でも彼女にとっては力強く俺に抱きついてくる。
大人に戻ったら覚悟してろよ、とナマエの頭を撫でながら心の中で呟いた。
早く大人に戻って (そろそろ限界だ。)
**** ちなみにケーキはフィンが買ったものです。マチにパシられて買っておいたもの。でも無くなってるんでマチに怒られます。かわいそうに←
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