クロロとケンカした。
クロロが私を構ってくれないという、とてもくだらなくて女々しいわがままが原因だ。
普段だったらクロロも流してくれるか、構ってくれるかをしてくれるんだけれど、今日は違った。
お互い少しタイミングやら、虫の居所やら。とりあえずなにかしらが悪かったせいか、喧嘩する必要のないレベルの言い合いで喧嘩し、最後には「我が儘を言うな」と一言叩きつけられてしまったのだ。
それが私は悲しくて、悔しくて、思わずもういいと吐き捨て、怒鳴ってしまった。クロロはそんな私の声のボリュームにびっくりしたのか本を片手に目を開いていたけれど、私はこれ以上喧嘩をするのも、クロロの前で泣くのも嫌だったので外に飛び出した。
今仮に住んでいる地域はあまり治安が良くないからと、外に出るときは必ずクロロと一緒という約束だったのもすっかり頭から抜け落ちていた。
「(何もあんな怒らなくても、)」
いいじゃんか、と立ち止まって息を整えながら言葉にならない言葉を吐く。
飛び出してきて結構走ったから息が上がってしまった。明日筋肉痛だな、なんてどうでもいいことを考えてしまう。
ある程度息が整ってから膝に当てていた手を離して状態を元に戻した。
なんだかむしゃくしゃする。
思わず昔の癖が出て、傍にあったお店の商品をくすねてしまった。久々の拝借だけど、まだ腕は鈍ってない。簡単に盗れた。と言っても喉が渇いたから飲み物を1本いただいただけなんだけれど。
それを飲みながらまたクロロのことを考えてしまう。
そりゃあクロロにはいつも助けられてるし、クロロがいるから泥棒極貧生活ともおさらば出来た。それは感謝しているし、クロロのことも大好きだけれど、クロロは1つのことに興味を持つと私のことなんかどうでもよくなりすぎる。
本を読み出してしまえば、それが読み終わるまで声をかけても返事をしない。
何かがほしくなれば、私に何も言わずに出ていき、平気で2週間とか帰ってこない。
最初からこんなんだったっけ?ううん、そんなことない。
私を偶然見つけて、私を気に入ってくれて、「死ぬか俺のそばにいるか」と究極の2択を突き付けられて、私はクロロのそばにいることを選んだ。最初こそ嫌々だったけれど、最後にはクロロのことが大好きで自分からそばにいたくなって解放してくれようとしたクロロの申し出を断った。
その選択を彼は喜んでくれて、大事にしてくれていたはずなのに。
これが俗にいう倦怠期ってやつなんだろうか。マンネリってやつなんだろうか。私も人並みに恋をして、恋愛をしたいと前から思っていたけれど、このパターンは考えてなかった。なんてお気楽な脳みそをしているんだろうとため息をついてしまう。
実際のところ、私にはもうクロロしかいないのだ。なんて重い女なんだろうと思った瞬間に自分に悪態をつく。
いざそういう状況に陥ってしまって、くだらないことで喧嘩をしてしまって、思わず逃げてしまったことを悔やんだ。
「クロロ=ルシルフルとよく一緒にいる女だな?」
「・・・・え。」
はーあ、と深い深いため息をつきながらとぼとぼ歩いていたら、いつの間にかガタイのいい男数人に囲まれていた。これは、・・やばい気が、する。
一瞬にして出た大量の汗が額から頬を伝った。
「誰ですか・・・。」
「誰でもいい。とりあえず旅団に恨みを持つ集団、という風にだけ言っておこう。それで本題だがお前を囮にアイツを呼び出す。暴れるなよ。」
暴れるなよ、なんて無理難題を押し付けてくるんだろう。逃げるに決まってる。
決まってるけど、足が動かない。
どうして動かないのと脳だけは妙に冷静だけど、実際は冷静じゃない。動かないことにパニックに陥っていしまっていて、何もできない。パニックを抑えるために一生懸命脳内を動かすけれど、頭を働かせれば働かせるほど現状を理解して余計に怖くなる。負のスパイラルから抜け出せない。
男の手が伸びて私の腕を乱暴につかんだ。
「止めてっ、離して・・・・!」
私ができるなりに抵抗したけれど、ガッ!と思いっきりつかまれて頬をぶたれた。
ぶたれた頬が痛くて熱を持ったけれど、そんなことはどうでもいい。早くこの手を振りほどいて逃げたいのに、男の力が強くて振りほどけない。
振り払う中、「クロロは助けてくれないかもしれない」という考えが出てきてしまって自分を傷つけたくないという気持ちで一生懸命抵抗する。つかまって助けに来てくれなかったら、もう立ち直れないしもう私の居場所はどこにもなくなってしまう。
それにここでつかまったら、助けに来てくれたとしてもクロロに迷惑がかかるから。迷惑をこれ以上かけたら、愛想を尽かれてしまう。
クロロはすぐに盗んだ宝に飽きる。飽きたら、捨ててしまう。売ってしまう。私もきっと例外じゃない。迷惑をかけたら、本当に捨てられてしまう。
ううん、今さっき喧嘩したばかりだ。もう呆れて私のことなんかどうでもいいから助けてさえしてくれないかもしれない、とまた最初の思考に戻ってしまう。
迷惑かけないから、もうわがまま言わないから。傍にいられればいいから。
お願いだから捨てないで。私を捕まえないで。
「何してる。」
恐怖と不安に、声が出ない上に、体も満足に自分の意思に動かせず、腕を振り払う程度の抵抗しかできない状態でいたら愛しい声が耳に届く。
うっすら涙を瞳にためた状態で私の腕をつかんでいる男の後ろを見れば、クロロが両の手をズボンのポケットに入れて立っていた。
ただ立っているだけなのに、威圧的で、目も少し怖い。少しじゃない、すごく怖い。恐ろしく不機嫌そうだ。
その威圧が私にではなく、私の周りにいるこの人たちに向けられているから私も冷静にいられているけれど、これが私に直接向けられたらと思うと、怖くて動けない。
「この女を囮に、お前の首をもらおうと思ってな。」
リーダー格と思われる、唯一ひるんでいない大男が私の服の襟を掴みながらニヤリと笑う。
「そうか。」
「っ・・・?!」
好きにすればいい、というような突き放すような温度で、言われてしまった。
やっぱり、クロロはもう、私に愛想を尽かしてしまった。朝我が儘を言ったから、朝喧嘩をしたから。悔やんだってもう時間は戻せないけれど、悔やむことしかできない。悲しむしかできない。
クロロが大好きだから、俺のものになれって言ったから。そばにいた、好きになった、これからもいようと思ったのに。捨てられてしまう。
声に出せなくて、その代わりためていた涙がついに零れ落ちた。
「何泣いてるんだ?」
「・・・っ?」
クロロは男たちを無視して、さっきよりも優しい声で私に問いかけてきた。
何、って。だってクロロは私を捨てるんでしょう?と聞きたかったけれど、涙をこらえるために全力を注ぎこんでしまっているせいで声が出せない。嗚咽だけがこぼれて何も言えない。
そしてクロロは何も言わない私を差し置いて「あぁ、こわかったのか」と勝手に解釈していた。
違う、そうじゃない。この状態もたしかに怖いけれど、それ以上に私は、クロロに捨てられてしまうんじゃないかっていう不安にかられて、怖かったんだ。
そう言いたいし、涙を拭いたいけど男に捉えられてしまっているせいで声を出しにくいし、動かせない。一生懸命振り払おうとしたら「おとなしくしろ!」とより強く握られてしまったし、片腕で喉も抑えられてしまった。痛くて苦しくて抵抗ができない。
でも次の瞬間、男が力を弱めた。どうして?と思って男の顔を見ればクロロの顔を見て固まってしまっている。
視線をクロロに移せば、クロロの団長の時のような表情が見えた。冷たくて、怖い。
それでもクロロはその表情を戻すと私を見る。そしてこういうのだ。
「ナマエ、助けてやる。ただ、その前にお前は俺に言うことがあるだろう。」
「え・・?」
なに・・?と首をかしげるとクロロはまた口を開く。
「ごめんなさいは?」
「・・・・え?!」
ウソでしょ・・・?!と流していた涙が止まった。
クロロは驚く私と私を捉えている数人の男たちを無視してまたつづける。
「ごめんなさいは?」
「え?!うそ?!この!この状態で?!」
「ごめんなさいは?」
「っー!ごめんなさいー!」
私が悪かったです、ひどいことを言って、我が儘言ってごめんなさいと叫ぶように言えば、クロロは満足したのか口端を上げる。
「よくできました。」
次の瞬間には、数十メートル離れていたはずなのに私のすぐそばまで来ていて、私の首根っこを掴んでいた男は肉の破片になっていて。頭をそっと撫でてくれたクロロの声はとっても優しいのに、顔がとても色っぽかった。
あたり一面、血の赤に染まっているのに、私とクロロだけは赤を浴びずに綺麗なままだ。
「ナマエ。」
「っ、は、い・・・。」
さっきは優しい声だったのに、少し緊張した低い声のクロロに恐怖を覚えて思わず声を詰まらせる。
怖い、どうしよう、助けてくれたけど、いらないって、言われたらどうし、よう。
自分がもう必要ないと言われてしまうことが怖くて怖くて、体をこわばらせてクロロを見る。
「悪かった。お前のことを放置しすぎた。」
「・・・え?」
「お前といることが当たり前で、俺から離れないっていうのも当たり前だと思ってたから、つい放置した。」
悪かったな、ともう一度クロロは謝罪を口にする。予想外の言葉に思わず間抜けな声を出してしまった。でも脳がクロロの言ったことを何テンポか遅れて理解をし、ぼろり、とさっきよりも大きな涙がこぼれる。
「わ、たしを捨てるんじゃ・・ない、の・・・?」
「・・・はぁ?」
「だって!我が儘、言った、から・・・っ!」
クロロは手に入れて、飽きたら捨ててしまうから!と一生懸命涙を拭いながら言えばクロロは何も言わない。
クロロを見たいけれど涙が止まってくれなくて前を見ることができない。
この間が怖すぎて、倒れてしまいそうだ。
「馬鹿な奴・・・。」
「っ・・・、」
「捨てるわけないだろ。」
次の瞬間、ふわり、とクロロの温度に包まれた。
抱きしめてくれて、そのまま赤ん坊をあやす様に、私が落ち着くようにポン、ポン、とゆっくりとしたリズムで背を叩いてくれる。
それが優しくて、止めたいのに涙がまた出てしまう。それがわかったのかクロロは私の頭の上でくすくす笑った。
「泣くなよもう。」
「だって・・・!」
もう本当に捨てられると思ったから、と言えば「そんなことするわけないだろ」と私のことを少し離して両の手を私の両の頬に添える。
そして少しかがんで、私を下から覗き込むように目を合わせた。
「俺は一度お前を解放しようとした。普通だったら俺は解放なんてしようとしない。でも俺はお前のことを大切だと思ったから、お前の意見を尊重しようと思ったから譲歩をしたんだ。」
でもお前は俺と一緒にいることを選んでくれただろう?とクロロはさっきとはまるで違う優しい表情で笑う。
何も言えずにまた私は涙を瞳に浮かべる。
それでもどうにか愛しいという気持ちを伝えたくて「すき」と声を震わせながら言えば、クロロは一瞬びっくりしたように目を開いたけど、「俺も」と困ったようにクロロは笑って私にキスをした。
所有物の扱い方 (俺が謝るなんてめったにないからな。大切に心の中にしまっとけよ。) (ん・・。) (それにしてもクロロの馬鹿、もう知らないっていう一言にはびっくりした。) (ご、ごめんって・・!)
**** ぶっちゃけクロロに「よくできました」って言わせたかっただけ←
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