私の中で、決めていることがある。
会いたいと、言わないことだ。
会いたいと思うのだけは自分の中ではセーフとして扱っているけれど、言語化するのだけはタブーだ。
会いたいと一言でも口に出してしまえば、今まで我慢してきたものがすべて壊れてしまう。
暑い、寒いというのを1度言ってしまったらずっと言ってしまうのと同じように、会いたいと口に出したら、そこからきっと気づいたら口に出してしまう。繰り返してしまう。
そしてそれを口に出すようになってしまったら、きっとまた彼を思い出してしまう。
思い出す機会が増えれば増えるほど、今までどうにか自分自身を支え続けていた精神が、崩壊していってしまう気がしてならない。
もう会えない人に、会いたいと思うのはさみしくて、悲しくて、残酷で。でもそれ以上に、その人がかけがえなくて必要、だったのだ。
「くだらない決まり事だな。」
「クロロに言われたくない。」
夕方いつも通り夕飯と明日の朝ごはんの買い物に街に出た。
いつも笑って私なりに楽しく生活できているけれど、今日は何となく憂鬱な1日だったので、どうにか気分を晴らしたくなって自分の体が欲しているものを買おうと決めていろいろな店に立ち寄る。
まずはパン屋に寄ってそこで1番人気のフランスパンとクロワッサン、そしてそこの自家製のおいしいブルーベリージャムを買った。
そして次に2件先の紅茶専門店。アールグレイ、ダージリン、ディンブラ、オレンジペコー・・・・。いろいろ種類があるけれど、さっき買ったパンと合わせるならミルクティーだ。アッサム、ウバ、どれにしようかなと迷ったけれど、朝ごはんだし、イングリッシュブレックファーストが目に入ったのでそれにした。
今度は戻ってスーパーに入る。朝用にヨーグルトを買って、夕飯は何にしようかと鮮魚コーナーを見る。んー、でも今日はなんだかパスタの気分だ。そう思ってパスタコーナーに向かう。確か前に作ったミートソースの残りが冷凍庫にあったからそれを使ってラザニアにしようと、ラザニア用のパスタをかごに入れた。
サラダはもうなんだか面倒くさいからカットされてるやつを買って、チーズを買って、赤ワインも買った。
レジに並んでお金を払って、なんだかこれだけで体にいいことをした気分になる。少しだけ憂鬱な気分が晴れた。
レジ袋に駆ったものをすべて詰めて帰路につく。
帰ったら家にあるアップルティーでも飲もうかなーなんて、思いながら角を曲がる。
まがった先に、そこに、いたのだ。
私が忘れたくて、忘れられなくて、世界で一番愛しい人が。クロロがいたのだ。
いきなりの展開に脳が追い付いていけなくて、動けないでいると、クロロは「ただいま」と近寄ってくる。
なにが、ただいま、なの。とフリーズした心がふつふつと怒りの感情で溶けていく。
「どうして、いるの。」
「ナマエのいる場所に帰ろうと思ったから、と思うのはだめなのか?」
「いなかった、くせに。」
死んでたくせに、と声が消えかける。
そうだ、クロロは、ヨークシンで、死んだはずだった。
ヨークシンの競売を襲って、マフィアと交戦して、死んだと。それを私は新聞で見たのだ。
クロロとは流星街のころからの付き合いで、お互いの心を許しあえるはずの人だったのに。いきなり消えて、気づいたら死んでる、なんて。
どうしてどうしてどうして。
私だけだったの?なんでも言おうと思ってたのは。
私だけだったの?愛しいと、思っていたのは。
それしか考えられなくて、涙しか出てこなくて、家を出る気にもなれなくて、ご飯を食べる気にもならなくて。
3日くらい何も食べずに膝を抱えてソファーから動かなかったり、動いても涙で出て行ってしまった水分を補給するために少し何かを飲むために動いたくらいで何も考えられなかったのに。
そしてある日いつも通り、水をごくりと飲んで心を静めた。コップで揺らめく水を見て私は、なぜかその時「私は強い」と思ってしまった。
強いから悲しくても乗り越えられる。人に頼ることなんてない。前を見なきゃ、忘れるんじゃなくて、受け止めなきゃ。
大丈夫大丈夫大丈夫。それをひたすら自分に心の中で言い続けて。
「ようやく、立ち直れたのに。」
「・・・・・。」
「もう、大丈夫だって、思ったのに・・!」
どうしてようやく受け入れられたと思った時に帰ってきたの・・!と人のいない通りで叫んでしまった。
違う、立ち直れてなんかいない。最愛の人を亡くしたのに、立ち直れるはずがない。
これから先もずっと死ぬまで忘れない。
忘れられないから、無理に受け入れて、大丈夫だと言い聞かせて、普段も笑って、何事も無いようにふるまっていたのに。
「会いたくても、もう会えないから!会いたいって言葉に出さずに1人でここまで来たのに・・・!」
「・・・・。」
持っていた荷物はもう地面に捨てるように落としていた。
クロロが死んだと知った日から泣き続けて枯れたはずの涙がとめどなくあふれ出てくる。
「おい、て行かれた方のっ・・気持ちを、考えてよ。くだらない、って、なんなの、ふざけないでよ・・!」
「・・・・。」
「クロロはっ、旅団の団長で、強いから!私のことなんて、どうでもいいって思ってるかも、」
しれないけど!と叫ぼうとしたら視界が真っ暗になった。
それと同時にあたたかい。あぁ、久しぶりの、クロロの体温だと、脳がすぐ反応した。ずっと求めていた体温で包まれて、また涙があふれてくる。
もうこれ以上泣きたくなくて、クロロにこのまま流されるのも悔しくて、胸をドンドンと強くたたいて離れようとするけれど、鍛えられたクロロの胸はびくともしない。
「もういいよ、離してよ。」
「悪かった。」
「っ、」
「身動きが取れない状態だったんだ。」
いや正直お前との接触はしようと思えばできたがなんとなくしたくなかったんだ、とりあえずいろいろあったんだ、とクロロは珍しく謝る。そして弁解をする。
いつもは絶対自分を貫き通して謝りもしないし、言い訳もしない人なのに。
ここで謝るなんてずるい。謝ってほしいわけじゃない。謝ってほしいわけじゃないけど、でもこのぐしゃぐしゃな気持ちはどうしようも出来なくて。
自分でもなんて言ったらいいかわからなくて感情のままにクロロに言えばクロロはただただ何も言わずに、抱きしめている力を少し強めると同時に、私の背中をあやす様に撫でた。
「黙って消えて悪かった。もうおいて行かない。置いていくときは期間限定にする。必ず帰ると約束する。」
「・・・クロ、」
「どうしてもおいて行かないといけなくなったら殺してやる。」
「・・・・・え?」
「冗談だ。」
いきなりの殺してやる宣言にびっくりして涙が止まる。バッ!とクロロの胸で泣いていた顔を上げると、クロロは「やっと顔を上げた」と困ったように笑っていた。
笑ったクロロの顔を見るのは、久しぶりだ。もう、一生見られないと思っていた彼の笑顔が、嬉しくて、でもなぜか胸が苦しい。
そんなことを考えただけで、また涙が流れる。
「もうおいて行かないから。おれが初めてほしいと思ったのは、手元に置いておきたいと思ったのはナマエだけだけだからな。」
今までも、これからも。とクロロは私の涙を長い人差し指で拭ってくれる。
こんなに謝るのはもうこれから先ないぞ、とクロロは珍しくおどけた。
こんな風に会話ができるなんて、もう思っていなかったから。クロロに対する怒りの感情が消えて、愛しさがまた上回った。
結局は、言葉にできなかったあの言葉を言いたいのだ。
「クロロ、」
「ん。」
「会いたかったよ・・・、」
ずっとずっと、会いたかったんだよ、と嗚咽交じりに言の葉にすれば、クロロは私の顎に手を添えて、口づけを落とす。
ようやくずっと口に出したかった言葉を形にすれば、胸の奥に詰まっていたものがすべて流れた気がした。
世界で一番残酷で、 世界で一番愛しい君
**** もしクロロ達が死んだってことに世間的に公表されてたら、って話です。 あの後どういう形で世間に公表されたのかしらって思いつつ書きました。あと一生懸命忘れようとしても忘れられない、強くないのに強くあろうとする女の子を書きたかった。 BGMは西/野カ/ナさんの「Be strong」、伊/藤由/奈さんの「Truth」でお願いします。
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