「あぁ、帰ってたの。」


ホームにシャルの声が響いた。


旅団の一員ではないけれど、クロロの依頼により、情報収集のため助っ人として長い任務に出ていたナマエはシャルのその一言にびくりと肩をふるわせた。

ソファーの端に座って体操座りをしていたナマエは恐る恐る声がした方を見るとシャルがこちらに冷たい視線を送っていた。



「た、だいま・・・。」

「おかえりなんて言ってないけど。」


視線だけでなく発言も冷たい。声色もお世辞にもいいとは言えなかった。

勇気を出して言った発言は彼の機嫌をさらに損ねてしまったようだ。


シャルは冷たい言葉を放った後に、近くにあったマグカップを手にとってコーヒーメーカーからコーヒーを注いだ。



「ごめん・・・。」

「謝らないでよ、一々うるさいから。」


さらに機嫌を損ねてしまった、どうしよう。おろおろそんなことを嘆いていると、とうとう視線を逸らされ、ナマエは下唇を噛んだ。


今日は旅団の参謀の機嫌がすこぶる良くない日らしい。

仕事に行く前は色々と意地悪をされたが、こんなにも悪いのは珍しい。何より、意地悪をする時にでも必ずある笑みがない。1つも笑っていない。目すら笑っていない。


全てにおいて久々に会えた今日のシャルはおかしかった。



「怒ってるよね・・?」

「は?なんで?」

「声も、顔も、仕草も・・全部、いつものシャルじゃない。」

「へぇ、仕事に行く前の俺をちゃんと覚えてるんだ?」


その問いかけは、今まで聞いた中で1番低い声だった。あまりにもいつもと声色が違うからナマエは思わず後ずさりしてしまう。

その行動にも苛立ちを覚えたらしいシャルは持っていたマグカップを乱暴に置いた。



「ずっとここにいなかったくせに・・っ、いつの間にか俺の前から消えたくせに・・・・っ、何で平然と俺の前に戻ってきたんだ!」


ここに帰ってくるのは当たり前で、音沙汰が無かったのも当たり前で、団長に探すなとも釘を刺されて。


シャルは泣きそうな顔で、でもそれ以上に怒った顔でナマエを睨んだ。

睨まれたナマエ自身もシャルの気迫に負けて涙ぐんでいた。ごめん、ごめんなさいとただひたすらに繰り返してもシャルの耳には入らない。



「どうして連絡しなかったんだよ」

「どうして行く前に言わなかったんだよ」

「どうして一緒にいるのが当たり前だった俺の前から、何も言わずに消えられたんだよ」



言ってくれれば、それでよかったのに

いってらっしゃいと微笑んでキスをして、見送りたかったのに


情報を集めるだけといっても、任務は任務。何が起こるかわからないというのに



「俺とはただ一緒にいただけで、任務が入れば何も言わないで去れるくらいの薄い感情しか持ってなかったの?」

「ち、ちがっ・・!シャル、聞いて、お願い。今回の任務は極秘で・・!」



一生懸命弁解を図ろうとしても今のシャルにナマエの声は届かない。

溢れる涙を、もう拭うことも考えられなくて、ただひたすら謝罪の気持ちを伝えても、一向に受け入れてはくれない。


一瞬だけ黙ったシャルは、そんなナマエに向かって静かに口を開いた。



「俺たちは、いつ死んだっておかしくない世界で生きてるんだ。」



そうだろ?とシャルの顔から怒りが消え、今にも泣きそうな表情で訴えた。



「俺はナマエを縛り付けるようなことは今までしてこなかったつもりだよ。確かに意地悪はしたけれど、ナマエの行動に否定はしてこなかったはずだ。」


わかるよね、とシャルは続ける。


「ナマエが思っている以上に、俺には君が必要で、君がいなくなれば俺の世界は崩れる。死んでないのに死んだも同然なんだ。」


恐ろしいくらいに静かになった部屋で、シャルはナマエを見た。

一歩一歩近づいて視線もナマエへと合わせる。



「今まで目的のためには他人に非道だといわれても冷酷な事をしてきた。それは自負してるし、それが俺の唯一の理性だと思ってる。でも俺だって我慢と理性の限界だってあるんだ。」


シャルの表情から、怒りも悲しみも消え、残ったのはただ何も感情が含まれていない表情だった。

そんなシャルを見たことがないナマエは近づいてくるシャルから逃げようと恐怖で動けない体にムチを打って一生懸命後ずさりしたが、背後は壁で逃げ場をさえぎられてしまった。



「例え君に悪魔だと罵られても、これ以上俺を置いて勝手なことを、死に近づくようなことをするなら、俺は君を自由にはしておけない。」


誰の目に触れない場所へしまいこんで、君の世界を俺が統制するしかない。


シャルはナマエから一度も目を逸らさずに言い続け、恐ろしいくらい優しい表情を浮かべてナマエの手を取る。


「しゃ、る・・?」

「お願いだから、怖がらないで。」


俺の前から消えないで、ずっと俺の傍にいればいい、俺だけの為に笑えばいいし、俺以外の人物をその瞳に映す事はもう許せない。大丈夫、怖くないよ、だってこれからはずっと俺と一緒で、俺以外の人と会うことは無いんだから。


「お願い、・・シャ、ル、も・・う、勝手にいなくなったりしないから・・・!」

「うん、そうだね。もう勝手にいなくなることなんか出来ないんだから。」


ナマエが賢い子で、すぐに俺の言ったことを理解できてくれて嬉しい。

その言葉に絶望するナマエにシャルは優しく口付けを落とした。



拾い上げたら、そっと口づけしてね
堕としてあげるから

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