拝啓、彦星様
「彦星様と織姫様は、今年はちゃんと会えたかなあ。」
7月7日。今日は七夕だ。
この時期、自分も含めてテストで死にたくなっている奴らが多いので気分を紛らわせることが出来るこういうロマンチックなイベントは無碍に出来ない。
小さい頃は短冊によくお願い事を書いてスーパーとかにあった笹にくくりつけていたものだ。
「ね、みっちゃん?」
「俺にふるなよ。」
椅子に倒れこむように座ってウチワをあおいでいるみっちゃんに声をかければ、汗をダラダラ流しながら力なく答えてくれた。
わかるけどね、私もウチワ必須だよ。ていうか何でこの教室窓全開なのにこんなにムサイの。
「ところで小さい時の願い事って何だった?」
「はぁ?覚えてるわけねぇだろ。」
「1つくらい覚えてるでしょー!」
教えて教えて!と暑いのに思いっきり引っ付いてやったら、ぎゃああ!と叫ばれて、暑いわかった離れろ!と怒鳴られた。
「‥ウルトゥラマン。」
「へ?」
「だから、願い事だよ!ウルトゥラマンに会いたい。」
って書いたんだよ!バーカ!と恥ずかしいのか思いっきりウチワを扇ぎ始めた。
そうかぁ、ウルトゥラマンかぁ・・。小さい時のみっちゃん、可愛かったんだなぁ、としみじみ思った。そして頬が緩みまくってニヤニヤしてしまう。
それを見たみっちゃんは近くにあった教科書で私の頭を叩いた。痛い。
「なになに、なんの話してるんすか!」
「あ、ノブ。」
叩かれた頭を撫でていると、同じく汗を大量に流しているノブが暇だったのか下敷きをウチワ代わりにしながら私たちのところへやってきた。
ノブは部活でも使っているらしいヘッドバンドをしているから額から汗が流れて無くて、まだいくらか涼しそうに見える。
「今日は七夕だから、彦星様と織姫様はちゃんと会えたかなって思って。」
「え、今日が七夕だから今日の夜会うんじゃないんすか?」
「ちがうよ!7日の午前1時ごろに天の川と彦星様の星と織姫様の星が最も綺麗に輝くんだって。だからその時に会ってるって私は聞いた!」
「そうなんすか!」
なまえさん物知りっすねぇ、と本当に尊敬のまなざしを送ってくれるもんだから照れた。素直に普通に照れてしまった。
それを見かねたみっちゃんは私の顔を覗き込む。
「何照れてんだよ。」
「いやぁ、物知りなんて普段だったら天地がひっくり返っても言ってもらえないからね!」
首から滝の如く汗を流しているみっちゃんは私の返答に鼻で笑った。
ちょっとだけ頭に来たので私のウチワで全力で頭を叩いてみたけれど、所詮ウチワ程度の能力。全く効果はなかった。
「何の話してんの?」
「あ、大ちゃん。」
きー!と悔しい思いを糧に全力で自分に風を生み出していると、これまた負けじと汗をかいている大ちゃんがやってきた。購買で買ってきたばかりと見える冷たそうなアロエジュースを飲んでいる。
「彦星様と織姫様の話をしてたんだよ。」
一口ちょうだい!と大ちゃんが飲んでいたパックジュースを奪い取りながら説明をすると、ふぅんと大ちゃんは顎に手をやった。
「七夕ねぇ。俺も昔本で読んだなぁ。」
織姫様可愛かったなぁ、なんて呟いたのは聞こえなかったことにする。大ちゃんから奪ったジュースは私の手からノブの手へと渡った。
「そういや七夕物語ってどんな話でしたっけ?」
「えっとね、彦星様と織姫様はそりゃあもうラブラブな夫婦だったんだけど、ラブラブすぎてお仕事をしなくなっちゃったんだって。そしたら天帝っていう偉い人が怒って天の川を隔てて2人を引き離しちゃうの。」
でも7月7日だけは天の川に橋が架かって1年に1度会えるんだよ、と説明をする。
「聞いてる分には自業自得な話ッスけど・・可哀想ッスねぇ、さすがに。」
「本当だよな。無理無理、俺1年に1度しか自分の嫁と会えないなんて耐えられない。死ぬ、絶対死ぬ。」
「泳いで会いにいけよ。」
「ふざけんな。」
ノブの意見に大ちゃんが同意し、大ちゃんの発言にみっちゃんが突っ込みを入れた。話している内にノブの手から今度はみっちゃんへとジュースが渡っていた。
そんな様子を全く見ていない大ちゃんはグッと拳を握る。
「そりゃあ本当に自分の大好きな人と離されたら泳いでいくけど、離される前に離れないのが男だろ!」
「男だよ大ちゃん!」
「おう!で、なまえ!おれのジュースは!」
「あそこ!」
気合いを入れながらの問いかけにみっちゃんを指差すと、そこにはズズズーとアロエジュースを飲みきったみっちゃんの姿があった。
拝啓、彦星様 織姫様に、ちゃんと会えましたか?
(俺のアロエえぇえぇぇ!) (うまかった。) (ゴチです!) (冷たくて美味しかったよ大ちゃん!)
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