「いってきまぁーす。」


19時50分、私はマフラーを巻いてコートを着て、コンビニに息抜きをしに行くと言って外に出た。基本的に行く場所さえ言えば家から出られるのでそこは問題ない。

問題はここからだ。どんな顔して藤真先生に会えばいいんだろう。ていうか会ったとき最初なんて言えばいいんだろう。

こんばんは?お仕事お疲れ様です?うーん、無難だけど今まであんな態度とっておいてしれっと言えるセリフじゃない気がする。

どうしようどうしようと思いつつ息を吐けば白く曇った。私の心みたいだ。いや、私の心の曇りはこんなに綺麗な白ではないけれど。


もやもやしながら角を曲がっていけば、待ち合わせの公園が見えた。

そして、まだ5分前だというのに藤真先生が、いた。

自転車やオートバイが入れないように公園の入り口に立ててある2本あるうちの1つの柵の上に座っていた。片足を柵の下の方に引っ掛けて、片足を伸ばして、夜空を仰いでいる。

藤真先生の首ににまかれているベージュチェックのマフラーが夜に映えている。本当に何でも似合う人だなぁと、この状況でも思ってしまった。


すると空を仰いでいた藤真先生が視線を下したと同時に、パチッと目が合ってしまった。



「なまえ。」

「・・・・。」


名前を、呼んでくれた。

ドキッと胸が高鳴る。それだけでも、うれしく感じる私は本当に単純だ。それでもやっぱりここ数週間の自分の態度が頭で引っかかって藤真先生の声に返事ができない。どうしても喉で言葉が詰まってしまう。


「なまえ。」

「・・・はい。」


ようやく返事ができたと思ったら、藤真先生は少しだけ眉間に皺を寄せて来い来いと手招きする。

う、やっぱり怒ってる、って心の中で泣きそうになりながらも一生懸命藤真先生の方へ足を進める。

すぐそばまで行けば、藤真先生も立ち上がった。ベンチに座るか、と言って私の前を進んで公園に入っていく。私は何も言わず、藤真先生の背中を見ながらついて行った。

水道そばのベンチにつけば、藤真先生は座り込んで、ここに座れと自分の横を指さす。

何も言わずにちょこん、と微妙な距離を取って座れば、藤真先生はまた眉間に皺を寄せた。コートのポケットに手を入れてごそごそと何か取り出して私に渡す。



「ほら、寒いだろ。」


ミルクティー、とここに来る前に買ってくれたと思われるあったかいミルクティーのミニボトルをくれた。

どんな時でも、藤真先生はこういう優しさと気遣いを忘れない。ありがとうございます、と消えそうな声で言えば「ん。」と返事をしてくれる。当たり前だけど、やっぱりいつもと感じが違う。そっけない。

そういうことの感情の積み重ねでどんどん悲しい気持ちになる。藤真先生は、悲しいとか不安とか、そういうことがないのかもしれない。私が藤真先生を好きすぎるから一方的に不安になったり悲しくなったりしてるのかもと思う。私は子供だから余裕が持てない。何とかつなぎとめたくて必死になってしまう。大人の余裕って、やっぱりあるよな、って思った。



「それでだ。・・・なまえ。」

「・・・・はい。」

「俺は今すごく怒っている。」

「・・・・・。」


1人で悲しい気持ちにどうにか整理をつけようとしていたら、藤真先生がようやく口を開いてくれた。それと同時にその発言に思わず変な声を出してしまった。

俺は今すごく怒っている、って。なんて子供みたいな言い方をするんだろう。もっとなんか思いっきり「ちゃんと人の目を見ろ」とか「いい加減にしろ」とか言われると思って身構えていたのに、思わず拍子抜けして顔を上げてしまった。きっと今の私の顔はすごく間抜けに違いない。

ぽかん、と藤真先生を見ていれば、藤真先生は深いため息をついた。ため息の深さが白い息で表現される。



「なんであの時泣いたんだ。」


そう強めな口調で言った後。「あー、違ぇや」とすぐ藤真先生は額に手を当てた。

何が違うんだろう。別に藤真先生は間違ってない。あの時泣いてたのを見られちゃったのは不覚だったけれど、あの時私は藤真先生が言っていることは間違っていないのに勝手に怒って勝手に泣いて、勝手に我が儘を言ったのに。

困惑していると藤真先生は私の方を見た。



「まぁ、あれだ。悪かったな、一方的にいきなりいろんなこと決めて押し付けて。」


きちんと相談して2人で決めるべきだったよな、と藤真先生は片眉を下げた。

その瞬間に私の目からボロボロ涙がこぼれた。藤真先生はそんな私を見てぎょっとしている。そしてめちゃくちゃあわてている。なんだどうした俺なんかまずいこと言ったか傷つけたか?!とオロオロしている。


違う、そうじゃない。藤真先生の優しさに泣いてしまったんだ。

藤真先生は何も悪いことしてないのに、藤真先生が謝るなんておかしい。私が謝らないといけないのに、困らせてごめんなさいって、言わなきゃいけないのに。

子供じみた勝手な嫉妬とよくわからない意地を張って先生を困らせたのに。どうして藤真先生が謝るの。「なんで泣いたんだ」って強めに聞いてきたけど、質問は間違いじゃないよって思ったらボロボロ涙が止まらない。



「ごめんなさい、」

「っ、」

「こ、まらせたかった、わけじゃ、ないんです。」


ボロボロこぼれる涙を両手の指を使って拭いながら嗚咽交じりに謝罪の言葉を述べる。

今更謝るなんて、遅いのかもしれないけれど嫌われたくない。嫌われたくない、謝らなきゃ、謝ったっていう自己満足と自分勝手さ以上に、藤真先生を困らせたことに対する自己嫌悪がハンパない。

ずるいってわかってる。私が泣くなんてお門違いだってこともわかってる。それでもやっぱり、止まらないのだ。



「あぁもう、いいから泣くな馬鹿。」


擦ると目が腫れるぞ、と藤真先生の優しい声が耳に届いた。次の瞬間、藤真先生は私の両手首を掴んで瞳を擦る行為をやめさせる。

そして覗き込むように私の顔を見た。



「俺も、お前も悪かった。それでいいだろ。」

「っ、」

「お互い反省しようぜ。」


俺はお前の意見を聞かなかった、勝手に決めたことを反省する。正直俺はお前が何に対して自己嫌悪してるのかよくわからないけど、自己嫌悪してるならお前はそれを直せと藤真先生は私の代わりに綺麗で長い指を使い、私の涙をぬぐってくれる。

藤真先生が私が何に対して泣いてるのかよくわかってないことにびっくりしたら少し涙が止まった。



「私が何に対して反省してるのか、わからないんですか・・?」

「はぁ?だってお前別に悪いことしてないだろ。」


何言ってんだと藤真先生は私の涙を拭うどころかゴシゴシ擦り始めた。痛い痛いと暴れればようやくやめてくれる。そして落ち着くためにさっきのミルクティーを飲めと言われたのでキャップを開けて口に含んだ。

あったかくて甘いミルクの濃い味が私の心をホッとさせてくれる。少し落ち着きを取り戻した私は再び藤真先生を見て口を開いた。



「私、あんなにわがまま言ったじゃないですか。」

「我が儘?」

「私だけの補習をしてほしかった的なニュアンス・・。」

「あぁ・・・。」


あれか、と藤真先生も自分用に買ってきたらしいお汁粉をすすった。おしるこ・・渋い、なんて思いながら横から見ていると藤真先生は私の視線に気づいてこっちを見た。目が合う。何も言わない。・・なんだか恥ずかしいけど、藤真先生から視線を外したくなくてそのまま見続ける。

そうしたらようやく藤真先生は「そんなに見んなよ恥ずかしい。」と反応してくれた。ニコリと笑って私の頭を少しだけ乱暴に撫でる。



「別にあんなの我が儘なんて思ってねーよ。逆にああいうこと言ってくれて俺は少しうれしかった。」

「・・・へ?」

「だってお前、本当に聞き分け良すぎたんだもん。」


子供っぽくなかったんだよな、と再びおしるこを飲んだ。や、でも少し語弊があるか、と続けてうーんと首をひねる。

子供だし、明るいけど、俺がやることを優先しすぎてて「あぁしてほしい」「こうしてほしい」って言うのを今まで言わなかったし、正直たまにどう扱っていいのかわからなくなる時があったんだと藤真先生は言う。

昔初めて俺がお前と会話した時は確かに幼かったけど、幼さ以上にバカで純粋だったのに、今はそれがないんだよな。あ、あそこまで阿呆だと困るけどさ。ポケットの存在意味わかってなかったしな、とよくわからないことを言う。

首をかしげると、藤真先生は思い出話から戻ってきてくれて「あぁ悪いこっちの話」と言った後に「だからな、」と今度は優しく私の頭を撫でた。



「よかったんだよ。お前が思ったことを言って。嫌だと思ったら嫌だって言ってくれていい。ちゃんと思ったことをお互い言おう。俺はお前に我が儘を言われても嫌だと思わないし、できるだけ叶えたい。言われてダメだと思ったら俺はちゃんとそれはダメだ、って言うから。」


言うだけ言ってみろ、大丈夫だ俺は心広いから!と子供みたいに楽しそうに藤真先生が笑うから、どうしようもない安心感に包まれてまた涙が出てきてしまった。

あーもうまた泣くのかよ勘弁しろよー、と藤真先生は私の顔を包み込むように両手を私のほっぺに添えて軽く震わせた。もうやめてよ不細工な顔がさらに不細工になると思いながら涙たっぷりの瞳のまま睨めばまた藤真先生はしょうがない奴、と眉を下げる。

藤真先生の両の手から逃げて自分の指で豪快に涙を拭って私は口を開いた。



「この前の、話。藤真先生の言うとおりです。化学の個人的な補習は、もう必要ない。」

「・・・おう。」

「でも、先生と、会いたい。」


そう言えば藤真先生は「うんうん」と何も言わずに聞いてくれる。

この際だから思ってたことを全部吐き出したくて思ってたことを全部口に出してしまった。藤真先生がいいって言ったんだもん、もうこうなりゃ自棄だ。

週1回でもいいから、藤真先生に2人で会いたい。ちゃんと勉強するから、自分が受験生ってことを忘れずにちゃんと毎日勉強するから、がんばるから、藤真先生に会いたい。少しでいいから「今日は、この前はこんなことがあったんですよ」って話したい。

間髪入れずにそう言えば藤真先生は「そうか、」と一言言う。そのあと数泊の間ができてしまったから、言いすぎたのかと少し不安になる。

でも、そんなのは杞憂だったようで、「よし、」と藤真先生は人差し指を立てた。



「なまえ、土曜日は一緒に毎週飯でも食おう。息抜きだ。昼なら毎週家出ても大丈夫だろ。部活終った後だから2時とかになるけどそれは許してな。あと1月は初詣にでも行くか。」


どうだ!と藤真先生があまりにも純粋な笑顔で力強く言ってくれるから。

今まで持っていた不安も、これからの不安も、全部吹き飛んでしまった。




あなたには敵わない
(あ!なまえ、今更だけど化学のテスト頑張ったな!)
(ありがとうございます!)

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藤真先生に嫌われたくなくて、釣り合う大人になりたくて、無自覚で必死に聞き分けをよくしてたなまえちゃんでした。

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