「失礼しましたー・・・。」
職員室でのお説教を終えた時、今日1日分の体力をほぼ使い切っていた。
まぁもう後は帰るだけやからええけど。・・・・帰ってる途中で倒れたらどないしよ。こんなに怒られて体力を使ったのは久しぶりや。
そんなことを思いながら深ーいため息をついた。
最初は担任に遅刻のことで怒られていたのだけれど、途中から英語の先生や数学の先生、化学の先生がテストを片手にお説教を開始してきたのだ。
褒められたのは国語と日本史のテストだけ。国語はフィーリング、日本史は元々歴史が好きだったからごく自然に頭に入った。
・・・・けど今日怒られた教科はほとんど一桁。
英語なんていらない、日本語話せりゃ十分やんか。数学なんて買い物が出来れば十分やないか。化学?この前ガスバーナー頑張ったやん。それでええんとちゃうの。
心の中で泣きながら文句をたれ、そして職員室のドアを閉めた。
「なんや、ブッサイクな顔が更に不細工になってるやん。」
「・・・南。」
職員室を出ればそこには壁によっかかった南の姿。腕を組んで呆れた顔をしている。
ちゅーか、一言目に不細工ってどうなん。このやろうと思いながら南に近づいて思いっきり悪態をついてやった。
「不細工で悪かったなぁ。その不細工が南の彼女なんやけど趣味悪いんちゃいますかぁ?」
「おー、自負しとるわ。」
「は、腹立つ・・・!」
さっきまで怒られてたのに今度は南からの嫌味攻撃。今日は精神的に攻撃を受ける最悪な日だ。
なんでや、なんでそんな態度とるのにコイツうちと付き合っとるんや。あれか、一時の気の迷いか。ヤバイ少し悲しくなってきた。・・・・ん?てかどっちから付き合おうって言うたっけ。
「なぁ、南。どっちやったっけ?」
「悪いけどお前の心の中までは読めんさかい、ちゃんと声に出して質問内容言うてくれるか。」
「だから、告白したんどっちやっけ?と言うてるんです。」
「・・・・・は?」
なんだいきなり、と呆気にとられたような顔した南。目を見開いて、ポカンとしている。
失礼な奴!とは思ったけれど、確かに何の脈絡も無くこの質問をされたらそんな顔になってしまうのかもしれないと自分を抑えた。
「だーかーらー!どっちから愛の告白をー!」
「聞こえとるわボケ。」
「やって南間抜けな声出したやん!」
「いきなり変な質問してきたからビックリしたんや。」
壁によっかかっていた南は壁から離れると、私に背を向ける。そして勝手に歩き始めた。
「ちょ、なんで?!無視?!」
「ほら、帰るで。待っててやったのにこれ以上俺を待たせる気かお前は。」
「あ、待っててくれてたん?!」
「・・・・待ってる以外に職員室の外にいる理由あるか。」
「いや、南も説教かと。」
「俺はお前と違って説教される理由が無い。」
ため息をつきながら顔だけを後ろにいる私の方に向けた。
なんか南は私と一緒にいるとため息ばかりついている気がする。前から思っていても言えなかったけれど、うちは、南のこのため息が、嫌いだ。このため息を聞くと、とても悲しくなる。どうしようもない奴、と思われているようで、うちを嫌うのをどうにか抑えるためについているような気がして。
どうしようもなく、悲しくなる。
「なんでや・・・・。」
「は?」
「なんで、ため息ばっかりつかなきゃいかんような女と付きあっとんねん。・・・・疲れるだけやん。」
いきなり落ちた私の声のトーンに南も気づいたようだ。
さっき怒られたからか、それとも南のため息の多さにショックを受けたからか。今まで心の隅で思っていたことが滝のように流れ出てくる。
「頭良くないし、運動神経抜群に良いわけでもないし、料理もできんし、ガスバーナー南がおらんと使えんし、遅刻するし・・・・。うち、ただのダメ女やん。」
普段流す事のない涙が頬を伝って廊下に落ちた。
こんな事で涙を流してしまう自分に腹が立って、そんな自分を見られたくなくて顔を伏せる。伏せる前に見た南の顔は、涙で霞んでよく見えなかった。
顔はよく見えなかったけれど、口だけは、心だけは思ったことが溢れ出て言葉も止まらない。
「もう嫌や。南にため息つかれると、悲しい。また、呆れられた、って胸が苦しくなる。」
嗚咽交じりに必死に思ってることを声に出す。
こんなに言っても、南は何も言わない。いつも文句があればすぐ言うくせに言わない。それが余計に心の負担になった。
もうダメだ。もう終わりだ。呆れられたどころの騒ぎじゃない。もう、嫌われた。もう自棄になりそうだ。
「うちと一緒にいるのが嫌なら、もう別れればええや・・・、」
「何勝手なことぬかしとるんじゃボケ。」
「っ、」
南の声に私は顔を伏せたまま涙を堪える為に瞑っていた目を開く。いつもと違う南の怒ったような声。完全に南を怒らせてしまったと心臓が凍る。
振られるの覚悟で言いたいことを言って反論するしかないと歯を食いしばった。
「っ、やって南・・・!」
「俺がいつお前に完璧を求めた。俺がいつお前の事嫌いなんて言うた。」
反論しようとしたら、さえぎられてしまった。
怒ったままの南の声。
いつもの南と違う。怖くてどうしようもないこの気持ちを必死に耐えるように私はぶら下げた両手を強く握る。
「お前苦手科目はあるかもしれんけど、頭悪ないやん。運動だって人並みに出来る。料理なんてやってればいつか出来るようになる。ガスバーナーなんて使えんでも生きていける。遅刻はしゃあない。お前朝弱いんやから。」
まぁ遅刻癖はいつか直さんといかんけど、と南は続けた。
怒っていた南の声が徐々にいつもの声に戻っていく。
戻っていって、さらにいつもの声よりも優しい声になる。
顔を伏せ続けたまま、涙で霞んだ私の目に南の上履きが映った。
「ため息つくのは、その、クセというか。自分の気持ちを紛らわしているというか。・・・・俺のため息がお前のこと傷つけてるとは思わんかったんや。」
すまん、という謝罪の声と共に、私の頬に南の手のひらが添えられた。
伏せていた顔をゆっくりと上げられる。
「俺は嫌いな奴を待ってたりせぇへんし、傍に置いときたいとも思わん。」
だから泣きやめ阿呆、と南はうちの涙を親指で拭いながら困ったように笑った。
「っ・・・・ごめん、ごめん南っ。勝手なこと言ってほんとにごめん・・・・!」
溢れていた涙がさらに溢れる。脱水症状が起きるかもしれないと思うほどに涙が頬を伝って流れ落ちた。
「ああもう泣くなや。ブサイクが更にブサイクになる。」
「うるさい!しゃあないやんか・・・!」
両手で涙を拭いながら言い返す。それでも今までの不安を流すように涙は止まらなかった。
「南、めっちゃ好き。」
「・・・わかっとる。」
南の手が添えられたまま、また南は親指で私の涙を優しく拭った。
涙を拭ってくれたおかげで霞んでいた視界が明るくくっきり映る。
南は優しく笑って、そして「帰るぞ。」と私の手を握って歩き始めた。
忘れられた告白の話 (人がほとんどいない放課後で良かったな。) (うん、うちらめっちゃ恥ずかしい事言ってたわ。)
**** 過去の話はまた後日。
|