藤真先生の補習が終わってしまった日は馬鹿みたいに涙を流しながら家に帰って1人で泣いて、泣き疲れて寝てしまった。

起きて携帯を見たけれど、藤真先生からの連絡はなかった。迷惑メールが2通着ていただけだ。携帯を折りたくなった。ちょっとだけ、期待してしまった私がバカみたいだ。

自分を嘲るように笑って鏡を見れば大変酷い顔をしていたので余計に笑ってしまう。我が儘を言った罰が当たったんだと素直に受け入れることにした。


そして数週間、私は他の教科を詰めていた。化学が恐ろしく苦手だっただけで、他の教科はある程度ちゃんとできていたこともあって、1人でもまともに勉強できている。

それと同時に、ちゃんと化学も反復していた。化学をやれば、あの日のことを思い出してしまうからあまりやりたくないけれど、ここまで頑張って化学を失敗したなんてなったらきっと藤真先生をがっかりさせてしまうだろうから。


あとびっくりする出来事があった。

定期テストは、化学で本気を出したらなんと90点を叩き出してしまった。センター前の最後の定期試験だから、先生も過去問を織り交ぜたりしたなかなか難しいテストだったはずなのにもかかわらず90点。

周りのみんなには「どうした」「何が起きたんだ」「明日は雹か」「いや、明日ならまだいい。センターで雪とかだったら死ねる」とか言われてしまった。失礼な奴らめ!



「でもなまえホントすごいね!いつも1ケタの点数だったのに!」


仲がいい友達にそう褒めてもらえば、素直にうれしくなったのでありがとうと笑む。

頑張ったんだ、と言えば「そうなんだ、偉いね!見習わなきゃね!」と笑ってくれる。我ながらなんていい友達を持ったんだろうと思った。



「そういえば、なまえは藤真先生の特別補講受けないんだね。」

「っ、」

「まぁ今これだけできてるから必要ないけどさ?」


今日までなまえが化学できてるなんて知らなかったら、むしろ破滅的危機だと思ってたからてっきりエントリーしてるのかと思ったよーと友達は笑う。


そう、私はあの次の日にうちの化学担当の高野先生に特別補講のことを授業で説明された。

授業料は無料、時間は6限が終わった放課後2時間。担当は藤真先生。その次の瞬間には女子の歓喜の叫び。わかりきってた。あまりにも想像通りで自分の想像能力をほめてしまった。

高野先生のそばにあるエントリーシートにクラスの大半は名前を書いていた。その横で高野先生は落ち込んでた。

ポン、と無言に肩を叩いてあげたら高野先生は泣いた。あれには正直笑ってしまった。凹んでしまっていた私をちょっとだけ浮き上がらせてくれた。



「補講はさー、悩んだんだけど、化学頑張りすぎて他の教科化学ほどやれてなかったなって思って。」


ほら、化学だけできてもだめじゃん?と言えば、友達はそうだねと笑う。

すると高野先生が教室を出る前に「みょうじー、」と私を呼んだ。友達に行ってくるねと言えば手をひらひらと振られる。



「なんですかー?」


ととと、と小走りで高野先生に近づけば、高野先生はにっこりと笑った。



「お前化学頑張ったな!俺は本当にうれしい!」

「あ、ありがとうございます。」


めちゃくちゃ褒めてくれたので、なんだか照れくさくなってそっけない返事になってしまう。それでも高野先生は、半年前までは成績表に電柱を付けるかアヒルを使えるかで頭を悩ませてたのにな!と私をほめてくれた。

あとでクラス順位が出るけど内緒で最初に教えてやる、と化学の順位も教えてくれた。なんと私は万年下から5本指にランクインしていたのに、今回は上から5本指に入っているらしい。

なんと!と本気で喜べば、高野先生は「頑張ったな」と褒めてくれた。



「ほんと、頑張ったよ。まぁあいつの努力の賜物でもあるんだろうけど。」

「・・・・。」


一応周りに生徒がいることを気にして、高野先生は藤真先生のことを「あいつ」と呼んだ。

私は思わず口をつぐんでしまう。もう、あの日から私は藤真先生と会話をしていないのだ。

本当に、付き合えているのかもなんだか不安で、自信がなくなってきてしまう。普通の恋人同士は、こんなにもお互いを放っておくものなんだろうかと思う。

でも私から行動を起こす勇気もない。あんな勝手に出て行ってしまったし、正直こんな時期に「恋に現を抜かしてる暇あったら勉強しろ。」とか言われそう。言われたらもう立ち直れない。

下を向いて床を見続けているとポン、と肩に手を置かれた。顔を上げれば高野先生は優しく笑っている。



「ま、あれだ。俺と花形ってあいつのこと何でも知ってるんだわ。」

「へ?」

「だからって特に俺がなんか言うってこともないんだけど。大丈夫。忙しいだけ。」


じゃ、このまま化学頑張れよー!といままでボリュームを落としていた声を引き上げて教室から出て行った。


忙しいだけ。

本当に、そうだろうか。


高野先生は、藤真先生のことを何でも知っているけれど、本当、だろうか。

今は、今だけは、藤真先生のことに関してのことが何も信じられない、マイナスでしか捉えられない。

めったに出てこないはずの自分のネガティブな部分に、吐き気がした。



「ちゃんと来週までにやっとけよー!」


自分の中の嫉妬と暗闇の中に落ちていると、一番聞きたくて、聞きたくなかった声が耳に届いた。

体がビクッと反応して、声がした方を見れば、違うクラスから出てきた藤真先生だ。

久々に見る藤真先生は、何も変わってない。ほんの数週間で何も変わるわけないけれど、この数週間は何か月にも感じるくらい、長くて。藤真先生を見て安心したのと同時に、同じくらいの不安が襲った。

ここから動かなきゃ、動いて自分のクラスに入らなきゃ。入って、藤真先生から逃げたい。

逃げたいのに、声をかけてほしくて、矛盾が起きて、もう頭の中はぐちゃぐちゃだ。



「あ、」

「っ、」


頭の中で一人混乱していたら藤真先生ととうとう目が合ってしまった。どうしよう。もう後に引けない。困った、何を言ったらいいのか、動いていいのかもわからない。

プチパニックに陥っていたら、藤真先生は「お前のクラスの放課後補習に参加してるやつらに渡したいプリントがあるからちょっと来い」と言われてしまった。

この口実なら、確かに生徒がいる廊下のど真ん中で言っても何の問題もない。

唾をゴクリと飲んで、私は特に何も返事せずについて行く。

藤真先生の背中を見ながら、階段を下りて、数週間前まで毎日通っていた化学準備室に向かっていく途中、藤真先生は私の顔を見ずに口を開いた。



「・・・・みょうじ。」


名字を呼ばれたことに、悲しくなってしまった。

ここは学校の廊下だから、名前じゃなくて名字を呼ばれることは当たり前なのに。

藤真先生の声のトーンもいつもより少し低くて、学校の廊下なのに泣きたくなってしまう。



「久々だな。」

「・・・そうですね。」


可愛くない、返事をしてしまった。

それだけ藤真先生の後ろから言うと、藤真先生は何も言わない。あぁ、愛想つかされたかな、なんて1人落ち込めば、化学準備室の前に着いた。

がらりと引き戸を開けて、藤真先生は中に入っていく。私もそれについて中に入る。藤真先生は持っていた教科書をすぐそばの机の上に置いて、その隣にあったプリントの束を持つと私のそばまで寄ってくる。

プリントを渡すことは本当だったのか。本当に、ただそれだけのために呼ばれたのかと思うとまた更に気分が落ちる。

これをみんなに配っといてくれ、と言われたのでわかりましたと答えて準備室から出ようとした。



「お前さ、」

「っ、」


後ろを向いて出て行こうとしたのに、少し強めの私への言葉に委縮してしまう。怖い。何か私に対して拒絶の言葉を投げられるのが、すごく、こわいのだ。

それでももう逃げるわけにはいかなくて。ゆっくりと藤真先生の方を見れば、「あー、」と頭を掻いていた。



「違うわ・・・・。そうじゃなくて。ここで話すのもなんだし。」

「・・・・。」

「今日は俺じゃないんだわ、補講。」

「へ・・・?」

「特別補講、今日だけ高野なんだ、担当。」


何の話?と首を思わずかしげてしまう。

そんな私を置いて、あいつの得意分野、電池のところだから今日だけあいつなんだと藤真先生は言う。

何を言いたいのかわからなくてまっていれば、藤真先生は何かを決めたのか私を見た。



「だから俺は今日は部活を見て帰る。8時にはそうだな、地元につくな。公園でも寄って散歩して帰るかな。」


おまえも出かけるときにはもう寒いから気を付けろよ、とだけ言って、次の授業の教室へ行くために藤真先生はスッと私の横を通り過ぎて行った。



待ち合わせは今夜8時、公園で
(・・・そんな、急に・・)

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まぁ実は特別補講は無理やり高野に押し付けたんですけどね!安定!

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