「孤独だった頃の傷跡」の1週間後の話。
「ねぇ。」
「なに・・・。っ、みょうじさん!」
「でかくて真っ黒で考えてることがよくわからないやつ、知らない?」
たぶん、2年。とそこら辺にいた海南生徒を睨んだ。
「牧紳一か、」
1週間前の雨の日に会った男が気になって久々に学校にきた。というかあの時ハンカチをそのまま持って帰ってしまったから返しに来た。
正直こんなハンカチの1つくらいどうでもいいとか思ったけれど、なんとなく、返さないといけない気がしたのだ。
さっき聞いた男子によれば、たぶんバスケ部部長の牧紳一だと言われて、今体育館に向かっている。
2年で部長とか。あ、いや、でも3年ってとっくに引退してるっけ。もうすぐ卒業だし。もうそんな季節か、進級できるかね、なんて考えながら足を進める。
そして体育館の引き戸の前まで来た。
どうしようかな、このまま普通に入って牧紳一見つけてハンカチ投げつけて帰ればいいかな。
うーん、と引き戸を睨んでいるといきなりガラリと扉があいた。
「っ、」
「・・・・あ。」
みょうじじゃないか、と引き戸を開けて現れたのは私が捜していた牧紳一だった。さすがにいきなり開かれると思っていなかったので思わず後ろに一歩引いてしまった。
一方牧は部活が終わったのか、汗だくだけど涼しい表情をしている。
牧紳一の後ろにいたほかの部員は私を見て驚いたのか固まった。失礼な奴らめ。
「どうした?」
「・・・ハンカチ、」
借りっぱだったの返しに来た、と我に戻って洗ったハンカチをズイッと牧紳一に突き出す。
牧紳一は「そうだったな、」と私の手からハンカチを受け取った。
「わざわざありがとう。」
「別に、お礼言われるようなことしてないし。」
借りたもん返しただけだし、と言えば、そうかと彼は笑う。
こいつはいつもこんなにヘラヘラしてるんだろうかと思うと正直心配になる。いや、心配してやる義理なんてないんだけれど。
そんなことを眉間にしわを寄せながら考えていると、牧紳一の部活仲間が後ろでワタワタしていた。
そして大男が1人牧紳一に声をかける。
「牧、みょうじさんと知り合いなのか。」
「この前知り合った。」
な、と牧紳一は私に同意を求める。
知り合ったのは間違いないからとりあえず軽く首を縦に振る。それをみた大男は信じられないというように目を開いた。
ほら、お前も私をそういう目で見るんだ。
それが正解だとわかっている。こいつの私のことを見る目は間違ってない。その目が当たり前なのだ。
「・・・・それ渡したかっただけだから帰るわ。」
もう会うこともないだろうと思いながら牧紳一に背を向ける。
一歩前へ進みだそうとすると右手首を掴まれた。
バッと振り返ると私の手首をつかんだのは牧紳一だとわかる。
「なに。」
「帰るんだろう?俺も帰る。もう遅いから一緒に帰ろう。」
「はあ?!」
私が叫んだと同時に牧紳一の後ろにいた奴らもでかい声で私と同じように叫んだ。
「ま、牧!一緒に帰るのか?!」
「ああ。もう暗いから女子1人じゃ危ないだろ。」
「いやでも牧お前知ってるだろ・・!」
こいつその辺の男より強いぜ、と言いたそうに私を一瞬だけ見た。
染めてある髪、ピアス、腕にある真新しい傷。
私のすべてが私という人間がどんなものなのかを物語っている。
だから嫌なんだ、学校に来るのは。
そう言う目で見られるのが凄いストレスで、見られるのが嫌ならやめろ思われてるのもわかってるけど、それができなくて、苦しくて、だから鉄男たちといて、まもって、もらってて。
思わず視線を落として、牧の靴を見ながら、唇をかみしめる。
もう、救いようがない。助けてほしい。もう自分が何をしたいのか、わからないのだ。
「宮益、高砂。みょうじは女の子だろ。」
「っ、」
その言葉に驚いて顔を上げれば、そう言うことは言っちゃだめだろう、と牧は後ろを向いてたしなめていた。
その言葉になぜか胸がトクン、と鳴る。
なんだ、それ。笑える。女の子、だって。
昨日鉄男たちと喧嘩しに行ったのに。おとといは寿とプロレスしたのに。その前の日もその前の日も、女の子らしいことなんて、してない、のに。
やめてほしい。もうそれ以上、優しくしないでほしい。
でも、
「宮益、高砂、だっけ。牧と私一緒に帰る。夜で危ないもんね。確かに私その辺の男より強いから、牧に何か無いように守って帰ってあげるよ。」
それ以上に、もう少しだけ、そばにいてみたい。
私が今まで怖くて出せなかった答えを、この牧という人間が持っていて、それを簡単に出してくれそうだから。
心の中で、そんな淡い希望を抱きながら牧の後ろにいる部員たちに嫌味を言う。
するとみんなばつが悪そうに下を向き、お互いの視線を交差させた。
あぁしまった、こんな言い方したら下手すると牧も巻き込んでしまう。そんなやつに興味を持ったせいで、って言われたらどうしよう。
別に私関係ないけれど、関係ないけど、なんだか嫌な気持ちだ。
「そうだな、いざとなったら守ってもらおう。」
「・・・・・。」
この男は、空気が読めないのか、わざと読まないのか。
こんなピン、と張りつめた空気を一瞬でほわほわした空気でぶち壊してくれる。
「ほんと・・天然というか、なんというか・・・・。」
しょうがないやつ、と眉を下げて少しだけ口端を上げると、牧は「そうか」と笑う。
そんな私たちを見て、バスケ部員は何を思ったのか、私のすぐそばまでやってきた。
「みょうじ、悪かった。噂って一人歩きするっていうもんな。」
「牧をよろしくお願いします。」
駅までちゃんと連れてってやってください、と笑いながら頭を下げられた。
バスケ部は、最強だけど、それ以上におかしい連中で。
久々に心の底から優しい気持ちになって笑ってしまった。
花、開く (あ、ようやく笑ったな) (う、るさい!帰るんでしょ!)
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