11月半ば。

ついこの前まで「秋来いよ」と言って、毎日暑い暑いと言っていたのに、いきなり手袋とマフラーが必要になった。あれ、おかしいな。

秋どこいった、もう冬じゃねぇか、秋服着る暇くれよと藤真先生は嘆いていた。私も秋服ほとんど着なかった。


そして今日、3時間目に高野先生の化学の授業、の、はず、なんだけれど。



「えーっと、このクラスの化学担当の高野が・・・・。あ、違った。高野先生が風邪をひいて今日お休みなので代わりに俺が授業を担当します。」


2度目に言い直した「高野先生」の「先生」の部分を強調して藤真先生はにっこりと笑った。

きっとうっかりいつもの調子で言ってしまったに違いない。藤真先生はあまり高野先生を先生と呼びたくないのだろう。だって藤真先生が高野先生を先生と呼んだのを私は久々に聞いた気がする。

まぁしょうがないよね、元々うちの化学担当は藤真先生じゃないし。放課後の補習の時にしか基本的に学校で会わないし。


それにしても藤真先生の人気ぶりは素晴らしい。

「俺が授業を担当します。」と言った瞬間の女子の歓喜がハンパない。あまりの喜びように思わず心の中で高野先生に同情してしまった。

そんな私の心情を察したのか、生徒たちに気づかれない程度に私と視線を合わせながらにやにやしている。高野先生には本当にこの言葉しか出てこない。「ちょっとだけ可哀想」。



「えーっと、高野先生によると、もう1学期の半ばから総復習してるんだっけ?」


そう言いながら藤真先生はパラパラと教科書をめくる。

そしていつも高野先生が持っているノートをめくりながら今日のところの範囲を確認していた。何かを見て「ふーん、」と声をこぼした次に、なぜか少し口端を上げた。



「無機化学か。・・・みょうじ。」

「・・・・・へ?!」


ぼぅっと藤真先生を眺めていたら、当てられた。

え、と一瞬固まったけれど、その1秒後くらいに驚きの方が大きくなって思わず叫ぶと言っても過言じゃないくらいの声で間抜けな声を出してしまった。

だってだって、こんなまさか教室で声をかけられるなんて、思ってもみなかった。いや、はたから見ればただの先生が目に入った生徒を指しただけなんだから何の問題もないんだけど!ないんだけど!

それを証拠に私が化学ができないのを知っているクラスメイト全員が「やっぱりみょうじが化学できないのほかの先生にも知られてるんだなー」と笑っている。きっとみんなは分からない私がわざと当てられたと思っているんだろう。半分正解、半分不正解だよみんな!半分は藤真先生のいじわるなんだよ!と心の中で叫ぶ。油断してたのもあって脳内パニックだ。


そんな私を目だけで笑いながら藤真先生は続ける。



「硝酸銀水溶液がありまーす。そこに塩酸を加えましたー。さて、何色の何が沈殿しますか?」

「・・・・・!」



昨日死ぬ気で覚えろって言われて泣きそうになったやつ・・!だから指したのか・・!と自分の中で解決した。

わからないのかー?と首をかしげる先生に一瞬殺意を覚えながらも、逆に答えられなかったら私が死ぬので一生懸命脳内をフル回転させる。

大丈夫大丈夫大丈夫、昨日、覚えた、覚えたよね私、ど忘れとかやめてね私の脳みそ!と必死に機能の記憶を手繰り寄せた。



「し、白の、塩化銀・・・!」



だと思います・・・・!と最後の方は自信がなくて声が小さくなってしまう。

そして、しん・・と少しだけ静かになった後、藤真先生はにっこりと笑った。



「正解。なんだ、高野のこのメモにみょうじに当てるって書いてあったから当ててみたけど、勉強したんだな。」


えらいえらい、と藤真先生は笑う。

違う、高野先生はそんなメモしない。絶対、藤真先生が今独断で私を指した。それを証拠に少し素の出た意地悪な笑いをしている。

でもそれと同時に本当に心の底からいつも通り褒めてくれたから、うれしくなってしまった。なんて単純なんだろう。よくやったね、昨日の私、と思わず褒めてしまった。


藤真先生と放課後の補習以外の時間で、それも学校内で堂々と会話ができたのが、ちょっと嬉しい。

藤真先生と話をするたびに、自分がどれだけ藤真先生が大好きなのかいちいち再確認してしまう。思わずノートを取りながら顔がにやけた。

それから藤真先生は色々な人を指して問題を解かせていく。解けなければ、ゆっくり丁寧に教えてくれる。


先生は、先生になるために先生になったわけじゃないって言っていたけれど、私はやっぱり、藤真先生が先生になってくれてよかったと思う。そんなことを考えながら私も問題を解く。


すると斜め前の女の子が手を挙げて藤真先生に問題の解き方を聞いていた。

うんわかるわかる、そこわかんないよね、私そこ何度も聞いたもん、と心の中で女の子に勝手に相槌を打つ。

問題を理解できたのか、クラスメイトの女の子は「ありがとうございます」と藤真先生に言い、藤真先生も満足したのか「頑張れよ」と言って前に戻っていく。

後姿を目で追いながら、その女の子は自分の隣の女の子に「ねぇねぇ」と声をかけていた。



「やっぱり藤真先生かっこいい。藤真先生に直接化学教わりたいなー。」

私ももうすぐで解ける、というところで耳にした、あまり耳にしたくなかった言葉。


とくん、と胸が脈を大きく打つ。

私の脳内をよぎったのは2つ。やっぱり高野先生がちょっとだけ可哀想。



そして、子供の私の、醜い嫉妬心だった。




狂う
(嫉妬なんて、したくない、のに)

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