覚えてない事くらい、わかってた。
あんな1日の事、今まで生きてきた中での、ほんの数分の出来事だったのだから。
でもおれにとっては、「たかが」数分じゃなくて、「されど」数分だったんだ。
早すぎる敗北を手にしてしまった、あの暑い夏。
相手の湘北に確かに実力はあった。だが、俺たちもそれを上回る実力は持っていたはずだったのに。
「(俺がもっと早く、選手として出ていたら・・・・、)」
地元の公園のブランコに座ったまま、悔やんだ。早く出ていればこんな結果にはならなかっただろうか。悔やんでも悔やみきれない。
驕っていたんだろう。「まだ」県大会。「たかが」ノーシードの無名校。
ゲームがどう転ぶかわからない、そんなことわかっていたはずなのに。
どうして翔陽に監督がいないんだとか、そんなことはもうどうでもいい。最終的には自分達の驕り負けと言っても過言ではないんだから。
「これから、どうすっかな・・。」
このまま引退をして、大学受験をするか。無名校に負けて推薦が来る確率も落ちた。でももうそれすらどうでも良くなってきた。
牧と、海南と戦う事さえ叶わなかったのだから。
悲しみに頭を抱えていれば、トコトコトコ、と可愛い足音がした。ふと見上げれば片手を握り締め、もう片手にスーパーのレジ袋を下げた女の子が俺の前を通過しようとしている。
子供はいいな、なんて思ってしまった。俺があの時くらいのときは何を考えてたんだろう。たぶんその頃からバスケだろうな、なんて思ったら少しだけ気分がどん底から這い上がれた。無間地獄から大炎熱地獄くらいの上がり具合だけどな。
だめだ、負けた日の思考回路は悲しさゆえかおかしくなっている。
帰ろう、帰って頭を冷やそう。
そう思ったときだった。大きなため息をついてブランコから腰を上げた時、チャリチャリチャリーン!と音が広がったのを耳にしたのは。
「・・・わっ!」
「(金ぶちまけやがった・・・!)」
さっき見た小さな女の子が右手に握り締めていた小銭が道と公園に広がった。一生懸命ぶちまけた金を拾う少女。
俺の足元にも50円玉が転がってきたのでしょうがないから拾ってやる。女の子は自分の周りに落ちていた金を全て拾い終わって立ち上がった。
「おい。」
「ふえ?」
「これも君の。」
女の子の前にしゃがみこめばやっと同じ視線になる。小せーな、なんて思いながらまたしても小さい手のひらに50円玉をのせてやった。
「お兄ちゃんありがとう!」
「おう。ちゃんと今度はポケットにしまっとけ。また落とすぞ。」
「あ、そうか。」
ポケットかぁー!なんて感心しながら右のポケットに金をしまう。
すごいよお兄ちゃん!わたし全然気づかなかったよ!ポケットに入れれば落っことさないよね!お兄ちゃん天才だよ!と両手を挙げて尊敬の目を俺に向けた。
それにしてもコイツは馬鹿なのか。まぬけなのか。親はどんな教育したんだ、ちゃんとポケットの使い道教えてやれよ。なんの為のポケットなんだよ、子供服のポケットは飾りじゃねぇんだよ。
突っ込みどころが多くて心の中でため息をついていたら、女の子がこっちをじっと見つめていた。
「・・・何。」
「お兄ちゃん泣いてたの?」
「は?」
「だっておにーちゃん、悲しいお顔してるよ。」
目のところもあかーい!と女の子は小さくて細い指で自分の目を指した。
生憎女子みたいに始終鏡を持っているわけじゃないから自分の目が赤い事を確認できない。
なまえもね、泣いちゃうとおめめがうさぎさんになっちゃうの。でもなまえの持ってるお人形さんと同じになるからちょっとうれしいの。と俺を励ましたいのか俺の目を見ながらニコニコ話し続けた。
その話の仕方が、あんまりにも優しいから。
つい、口から弱音が、溜まっていた負の感情が零れてしまったんだ。
「にーちゃんな、バスケットボールの試合で負けたんだ。」
「ばすけっとぼーる?」
なまえの学校もバスケしてるー!と嬉しそうに両手を挙げて笑う。その笑顔に少しだけ笑めば、なまえ名乗っている女の子はまた笑った。
「そう。それでな、負けちゃったら終わりなんだ。もう夏の大会でバスケットボールできないんだ。」
そう、最後の夏は終わった。
最後の試合はたった14分で終わってしまった。自嘲気味に笑いが出てしまう。
悲しいのに、悲しすぎてもう涙は出ない。
そんな俺を見て、なまえは顎に手を当て、うーん、と何かを考え込む。そして考えがまとまったのか俺をしっかり見て口を開いた。
「できるよ!」
本当にこいつの親は何を教えてんだ、学校も何を教えてんだ。日本語を教えてやれ、俺はできないって丁寧に教えてやってるのに。
もう一度丁寧に出来ない理由を教えてやっても「できる!」とこの子は意見を変えなかった。
「・・や、できねーんだって。」
「できるもん!」
「・・・・。」
「夏にバスケットやりたいならまた次の・・・とし?・・にやればいいんだよ!」
あぁなるほど、このちっぽけな頭に入っているちっぽけな脳みそでも一応ちゃんと考えていたらしい。
それでも、俺に来年は、ない。
「卒業するんだ。」
「へ?」
「今年、おれは学校を卒業するんだ。」
だから、もう学校で、夏の大会でプレーは出来ない。大学に行けば、また色んな大会でプレーは出来るかもしれない。
けど、高校の夏の大会は別格と言っても過言ではなかった。大切な夏だった。そんな俺の気持ちを幼いながらに読み取れたのか、なまえという子は泣きそうな顔をしてこっちを見ていた。
「そっか・・。」
「君がそんな顔することないだろ。」
「んーん、なまえも楽しい事が終わっちゃったら悲しいもん。学校の先生もね、言ってたの。楽しい事はたくさんしましょうって。楽しい事をしているときは全力でやりましょうって。やりたいことはやりましょうって。」
おにーちゃんも、大会やりたいのにね。戻れたら良いのにね、と言ったなまえに生返事をしようとしたとき、一瞬だけ俺の頭を過ぎったこと。
「時間」を戻れたら、なんてことは無理だけれど、「場所」に戻れたらなんて。
それは出来ない事じゃないなんて、思ってしまった。
「ね、おにーちゃん?」
「あ?」
「バスケット、好き?」
「、」
「まけちゃったけど、試合は楽しかった?」
なまえは体育でバスケット負けても楽しかったよ、と笑う。
「あぁ、・・楽しかったよ。」
こんな小さな子供に思い出させられてしまった。
バスケットの大前提は勝つことだけれど、それ以前に楽しんでやるということを。
「あ、おにーちゃん!」
女の子はゴソゴソとスーパーの袋から何かを取り出す。
「これあげる!」
「・・・アイス?」
手のひらに乗せられたのはチョコレート味のアイス。
「なまえね、悲しいときはアイス食べるの!あ、悲しくないときもアイスたべるけど!チョコと、いちごはすごく元気になるんだよ、おいしいから。だからおにーちゃんになまえのげんきのもとわけてあげる!」
はい!と俺の手にアイスとプラスチックのスプーンを置いた。
いいの?と問えば、うん!と笑うなまえ。
自分が食べたくて買いに行ったはずなのに、俺に渡してしまって良いのだろうかと思って受け取ることに気が引けたけど、あんまりにも無邪気に笑うから。
俺も心がどんどん温かくなる。
「・・・ありがとな。」
「うん!」
じゃあなまえ帰るね!となまえは力の限りブンブンと手を大きく振って自分の家へ帰っていった。
もらったばかりのチョコレートアイスを開けてスプーンですくって口へ運ぶ。話し込んでしまったせいで少しだけ柔らかくなっていた。
チョコレートの香りが口いっぱいに広がった。
そうだ、戻ればいい。
来年、再来年は無理だけど、何年後かに翔陽に戻ればいい。
翔陽の教師として、監督として、あの場所へ。
キミとの出会いの物語 (おかーさんただいま!はい、おかーさんのいちごー!) (ありがとー、あれ、なまえのチョコは?) (なまえは公園で食べてきたー!)
**** 翔陽に戻ろうと思ったきっかけ、みたいな。一番書きたい話でした。
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