「なまえ、」

「知らない。」


そう楓の目を見ずに言い放つ。

ちらりと横目で見ると、楓は不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。


私がこんな風に楓に素っ気なく接するにはちゃんと理由がある。実は昨日私の誕生日だったのだ。

ここまで言えばもうおわかりだろうけど・・・。



「忘れてたなんてさすがに酷い・・。」


静かにそう言い放てば、楓は何も言わなかった。

彼氏が彼女の誕生日を忘れるなんてベタな話、正直ないと思ってた。けど楓はそれをやってのけた。いつも通りの言い方をすると、楓らしいと言えば楓らしい。でもそんな言葉で終わらせたくない、流したくない。

不器用でちょっと抜けてる楓だ。最初から何かプレゼントなんて期待してたわけじゃない。

ただ純粋に「おめでとう」の一言がほしかっただけなのだ。



「会ってほしいなんて言わないし、電話しろとも言わない。・・・・メールで構わなかったから、たった一言、おめでとうって言って欲しかった・・・。」


大切な人に自分にとって大切な日を忘れられていたというショックは大きかった。

部活で忙しかったってことくらいわかってる。楓の1番はバスケだってこともわかってる。そんなのずっとずっと前からわかってる。

でも誕生日くらいは、と望んでしまった自分がいけないのかと思ってしまったらどうしてもこの気持ちを抑えられなかった。



「・・・悪かった。」

「土下座したって許してあげない。」


涙を堪えた潤う声で小さく言った。

謝ってくれているのに、どうしても素直になれない。


謝ってほしいわけじゃない。謝ってほしいわけじゃないけれど、どうしてもこのどうしようもない感情のやり場がないのだ。悔しくて悲しくて、寂しい。

そんなことを言いつつも謝ってほしい。こんな矛盾した感情をどうしたら消すことができるのか、思わず自分の中で自問自答してしまう。

そんな私を見て楓は呆れたようにため息をついた。そのため息に体がびくりと反応する。


どうしてそんなため息をつくの、どうしてそんな態度をするの。私が悪いの?許したいけど許せない感情だってあるんだって楓はわかってくれないの?


ぎり、と思わず唇をかみしめた。

そして困ったように楓は頭をかく。



「・・・・俺、明日も練習あっから帰るな。」


そう言って楓は立ち上がった。



手に負えない、って突き放された気がした。

勝手にしろ、って言われた気がした。

違う、そうじゃない。そんなのがほしかったわけじゃない。



「・・・っ?」



寂しくて

独りにしてほしくなくて


無意識に私は立ち上がった楓のシャツを掴んでいた。



「ごめん、楓・・・」


驚いたように私を見る楓のシャツを掴んだ手に力を込める。



ごめん、困らせたかったわけじゃない。部活で忙しいのも十分わかってる。

自分のこの身勝手な態度で、楓を傷つけてしまったかもしれない。そう思うとまた自己嫌悪の波が押し寄せて酷く自分が滑稽に思える。




「ごめん、・・・ごめんね、」


我慢していた涙が頬を伝って流れてくる。

私が怒って謝ってくれたのに。それを正直に受け入れられなくて、別にほかに何か欲しいわけじゃなかったのに。どうしても素直になれなくて。

そう嗚咽交じりに言えば、次の瞬間、私は楓の腕の中にいた。



「俺が悪かった・・から、泣くな。」


長い指で止めどなくあふれる涙を楓は拭ってくれる。




「誕生日、おめでとうございました。」


ボソッと小さく照れたように言う楓がどうしようもなく愛しくて、楓らしくて。

あたたかい楓の腕の中でひたすら涙をこぼしながら抱き着いた。



涙色の誕生日
(詫びで何でもする。何がいい?)
(・・・・休み時間廊下で私のこと大好きって叫んで。)
(・・・・・。)
(うそだよ。そんなこの世の終わりみたいな顔しないで。色んな意味で傷つく。)

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