あれ・・、おかしい。
「調理終了時間は1時間後ですからねー。」
頑張ってねー、という先生らしい人の声が家庭科室に響いた。
あれ、家庭科・・?あんな先生だったっけ?あれ、なんで私エプロンしてるんだろう・・。
そもそも私、藤真先生にこってりスパルタ化学をやらされて、さっき家に帰った‥気が‥するのだけれど。
「家庭科の実習でこんな難しいことさせるか普通。」
今ある状況を飲み込めてない私が、あれ?あれ?と挙動不審にしていたら、すぐ隣で聞き覚えのある声が聞こえた。
どうにか状況を把握する為にそっちの方へ思いっきり振り返った。
「う、わあああああ!藤真先生!」
「は?!なんだよいきなりお前声デケェんだよ!」
ちょっと黙れ!とビックリした顔つきの藤真先生に思いっきり口を押さえつけられた。ビックリしすぎて心臓がやばい、脳内もパニックだ。
だって、私の目の前には、翔陽の制服を着た上に緑のエプロンをした、ほんの少しだけ私の知っている藤真先生より幼い顔をした藤真先生がいるのだから。
「ふ、藤真先生!どうしたんですか!いくら先生になるのが嫌だったからって生徒に成りすまそうとしなくても・・!」
「お前さっきから何言ってんだよ!とうとう脳内イカレたのか?!」
私の口を押さえていた藤真先生の手を取っ払って、全力で藤真先生のことを心配したのに脳内がイカレたと言われてしまった。
なんなんだ。私の親切心を無碍にするなんて!ひどい、酷すぎる。私からすれば藤真先生の脳内がイカレてしまっているのに!
「お前たちさっきから何騒いでるんだ。」
「あ、花形ちょっと聞いてくれよこいつが・・。」
「花形先生ちょっと聞いてください藤真先生が・・・・、は?!」
私の目の前にいた藤真先生が私の背後に視線を移して「花形」と呼んだ。花形先生がいるのか!と思って助けを求める為に振り返ると、そこには藤真先生と同様、翔陽の制服を着た上にエプロンをした花形先生がいた。
「花形・・先生まで・・・・!」
「・・・・藤真、なまえはどうしたんだ。」
「とうとう脳内パーン!したらしいぜ。」
おかしいんだよこいつさっきから俺のこと先生先生って、と藤真先生は花形先生に相談していた。
おちつ、け、私。大丈夫、先生たちは私をからかっているだけだ。藤真先生のいつもの悪戯がパワーアップしただけだ。
大丈夫大丈夫、落ち着けわた・・・、
「おい藤真早く料理しようぜ終わんねぇよ。」
「高野先生いいいいー!」
ようやく落ち着きを取り戻そうとしていたのに、生徒の制服を着た高野先生が私の目の前に現れた。エプロンだけじゃなくちゃんと頭にバンダナも巻いている。
「なまえお前さっきから何騒いでるんだよ、恥ずかしい奴だな!」
「高野先生のが恥ずかしいですよ何してんですか!」
「おっま・・!俺だって好きでバンダナしてるわけじゃ‥‥!」
「そうじゃなくってええええ!」
違うの!言いたい事はそれじゃないの!調理中に髪の毛が落ちないようにしてるんでしょ!わかってるよ!知ってるよ!違うんです、私の言いたい事はそうじゃないんですうう!と半ば崩れるように訴えても、高野先生は全く理解してくれない。なんて酷い教師なんだ。
うっうっ、とパニックに陥ってると、私の肩にポン、と誰かの手が置かれた。
「なまえ、お前の訴えなら後でいくらでも聞いてやる。あと先生って呼ぶの止めろキモいから。いつも通り健司って呼べよ。」
「け、健司なんて一言も呼んだことな・・!」
「とりあえず今は調理実習やらないと成績表に電柱がつくぞ。」
私の肩に置かれたのは藤真先生の手で、それに付け加えて健司と呼べといってくる。なにそれ一言も呼んだこと無いのに!とまた反論しようとすると、横から花形先生の冷静な声が挟まれた。
「あぁそうだやべぇやらないと!俺家庭科まで電柱ついたらやばい!」
「お前の脳内化学以外できねぇのかよ。」
「出来たらとっくにやってるわ!」
早くやるぞ!と高野先生は藤真先生に言い返しながら崩れ落ちた私の二の腕を掴んで立ち上がらせた。
花形先生には私に手を洗うように指示される。どうやら私は藤真先生達と同じ班らしい。
まったく話を聞いてくれる気配が無いのでパニックと悲しみの狭間に陥りながら手を洗っていると、藤真先生はザルにあるお米を私の横に持ってきて、その上に水道水を流し始めた。
「それにしても本当に今日の調理実習レベル高すぎだろ。俺もう米研ぎしかやらねぇからな。」
俺に米を研いでもらえるだけありがたいと思えよ!と超理不尽な事を言いながら、緑のエプロンを身に付けた藤真はお米を磨ぎながら愚痴をこぼす。
藤真先生、やっぱり昔から横暴だったのね!と私は妙に納得してしまった。
「いや、でも魚焼いて味噌汁作るだけだからどうにか‥‥。」
高野先生は花形先生が下準備しておいてくれたらしい魚をグリルの上に置きながら藤真先生に言う。
すると藤真先生は研いだお米を花形先生に渡しながら高野先生の方を向いた。
「でも班ごとに卵使って自由にもう1品作んなきゃいけないだろ?何作るんだよ?」
「・・玉子焼き、とかどうですか?」
藤真先生にそう問いかけながら私は冷蔵庫から3つ卵を取り出す。
高野先生の方を見ていた藤真先生は私の方に向きなおして少しだけ眉間にしわを寄せた状態で口を開いた。
「バッカ、やめとけって。」
「なんでですか?」
「予知してやるよ、絶対スクランブルエッグになって終わる。」
「・・・失礼な。」
すぐに言い返してやろうと思ったが、失敗する可能性が限りなく高いので、つい口が閉まってしまう。
藤真先生は続けて「あと敬語止めろよ鳥肌立つ。」と右手で自身の左腕を擦った。
私、藤真先生にタメ語なんて使ったこと無いのに・・・・。とりあえず本当に嫌そうにしているので一瞬だけタメ語を使ってみることにした。
「私じゃなくても高野先生ならできるかもしれないよ!」
ね、と盛り付ける皿を軽く洗いながら私達を見ていた高野先生に卵を差し出す。
高野先生は眉間にシワを寄せて私の手に乗っている卵を睨んだ。
「・・俺に、やらせてくれるのか。」
「なまえお前何血迷ってんだよ、コイツ前の家庭科の実習のケーキ作りで真っ黒焦げのケーキをチョコレートケーキだって言い切った男だぞ。やっぱ無難に目玉焼きとかに・・・。」
藤真が高野先生を言葉でぶった切りしながら私から卵を取ろうとしたとたん、藤真じゃない違う誰かの手が私から卵を取った。
リズミカルに卵に砂糖とミルクを加えてかき混ぜた音が聞こえたと思ったら、卵が焼けるいい匂い。
気づいた時には花形先生が玉子焼きを完成させていたし、その横にはわかめとお豆腐のお味噌汁もある。さっき藤真先生が研いだお米はまた別のコンロの上で鍋を使って炊かれていた。
「終わったぞ。」
なんとか時間内に終われた、と花形先生は濡れた手を拭きながら時計を見る。
私は呆然、高野先生も呆然、藤真先生だけは「さすが花形」なんて感心しながらパチパチと手を叩いている。
「あら、藤真君達の班はもう終わったの?」
「え、あ・・・。」
近づいてきた先生は感心したように出来上がった料理を眺める。切り分けられた玉子焼きを1つつまんで口へ運んだ。
「ん、美味しい。この班は文句なしのA判定ね。」
先生はにっこり笑って違う班の様子を見に行った。
「・・米以外全部花形の作品です、なんて口が裂けても言えねぇ・・・。」
「いや、米も花形だろ。」
「藤真先生は研いだだけですしね。」
そんな会話も知らずにご飯をよそっている花形先生を見ながら、藤真先生の呟きに高野先生と私は返事をすることしかできなかった。
夢の中の昔の物語 (っていう夢を見たんです。) (・・・・まぁ、ところどころ間違ってはないな。)
**** なまえちゃんが同世代だったら、みたいな夢を書いてみたかった。夢オチなら許されるだろう!← これ書いてて超楽しかった。笑
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