「みょうじ。」
「はーい、・・・・って、」
喉の渇きを覚えて小さな小銭入れから100円を取り出し、販売機の前に立ったのは2分ほど前のこと。
パイナップルか、いちごミルクか、はたまたオレンジジュースかで悩んだけれど、今日はなんとなく甘ったるいものを飲みたい気分だったので可愛いピンクパッケージのいちごミルクにした。
そして廊下を歩きながらパックタイプのいちごミルクを飲み歩いていた時だった。名前を呼ばれて振り返れば、そこには意外な人物が立っていた。
「花形先生。」
どうしたんですか?と口からストローを離して傍に行く。
「どうだ、化学の補習。」
「・・あれ、知ってるんですか。」
「まぁ藤真と高野の事は大体把握してるからな。」
花形先生は中指でメガネを上げた。
そうですか、と言ってまた口にストローをくわえたら花形先生に歩き飲みを注意される。
「で、知ってるんだろ?」
「何をですか?」
「藤真の本性。」
「・・・・・・あぁ。」
知りたくなかったんですけどね、と花形先生から目線をずらして遠くを見る。
そんな私に花形先生はクスリと笑って「そうか」と言った。
「感想は?」
「・・・・・・出来れば知りたくなかった、っていうのと、知ってよかった、っていうのが半分半分ってとこです。」
そう言うと花形先生は意外なものを見る目で私を見た。
「何でそう思う?」
意外に好奇心旺盛な人だなと思った。
ちょっとだけ悩んでから花形先生の問いに口を開く。
「藤真先生の本性を知らなければ、私は生徒に人気の良い先生なんだな、っていう認識だけで平和に学校生活を送れたと思います。」
でも、と私は続けた。
「本当の事を知らなかったら、私はあんな良い先生の存在を知らずに卒業していくとこだった。先生は先生になりたかったわけじゃないって言ってたけど、私は藤真先生に先生になってもらえてよかった。」
と思います・・・・。
最後は何か自信がなくなってきて蚊の泣くような声になってしまった。
でも今言ったことに偽りはない。本音を花形先生にぶつけたつもりだと思いながら花形先生を見ると嬉しそうに笑んでいた。
「藤真の本性を知る事によって俺は藤真の事が嫌いになったかと思ってたよ。」
「まぁ確かに俺様なところはありますけどね。」
苦笑して言えば、花形先生も同意して苦笑する。
「私、高野先生に藤真先生に補習をしてもらえって言われた時、断ろうと思ったんです。」
「・・・・なんで?」
「藤真先生人気あるから放課後2人きりで補習してるなんてバレたら女子からのもう攻撃が来るんじゃないかと思って。」
へへへ、と頭を掻けば花形先生はなるほど、と顎に手を添える。
「女子は大変だな。」
「えぇ本当に。いっそのこと男に生まれたかったです。」
そう言ったら花形先生がクスクス笑った。
「それは困るな。」
「あれ、私声に出してました?」
「出してた。」
またか、と自分の口をふさいだ。
毎回毎回心の声を口に出してしまっている。出す事によって災難が降りかかっている。なおそうと心の中で決意したとき、同時に疑問が浮上した。
「でも何で困るんです?」
「・・・・みょうじ、次高野の化学の授業じゃないのか?」
「うっげ!やばっ!」
自分の腕時計を見る花形先生の一言に、ジュースを持っている手と逆にしている腕時計を見れば授業が始まる3分前。
いつの間に予鈴がなったんだ、そんな疑問をかすめる余裕も無い。
しかも今日に限って実験じゃないですか。移動だよ!
「ちょ、失礼します!」
「廊下は走るなよ。」
「無理です!」
全力疾走をしながら後ろにいる花形先生に挨拶をすると、教科書を持つことさえ忘れて私は力の限り化学室に向かった。
ちょっとしたミスにご注意を 「花形てめぇ・・・・さっきポロっと言いかけたろ。」 「・・いたのか藤真。」
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