ある日の放課後。明日は地区大会の決勝リーグのため、軽い練習とミーティングだけという海南バスケ部は、5時には部活が終了しようとしていた。
「今日は早いから一緒に帰ろう」と誘ってくれた牧になまえが飛びついたのは今朝の事だ。
そしてミーティングが終了するまで体育館の外で待っていたなまえは高頭から奪った扇子で風を自分に生み出していた。
あー涼しい、なんてなまえが1人呟いていると、帰ろうとしているクラスメイトの女の子と目が合って「バイバイ」と手を振られる。確かあの子は球技大会で一緒だった子・・なんて思いながら一瞬ビックリして固まった。
扇子を左右に振る手を止めたけれど、照れながら扇子を持っていない逆の手で振り返したらにっこり笑って去っていった。
もしかし・・て・・・。
何かを思ったなまえは嬉しくなって体育館に入り、バスケ部がミーティングをしている部室まで全力ダッシュ。部室前に着いたら思いっきりドアを開けた。
「ちょっと紳一私友達できたかもしんない!」
「・・・・なまえ・・。」
ミーティング中、となまえは呆れた顔をした牧に持っていた部誌で頭を軽く叩かれた。清田を初め、周りの部員は苦笑いしている。
「いやだって手を振られたよ!」
即行報告ですよね!と諸手を挙げて喜ぶなまえに苦笑しながら、よかったなと牧はなまえの頭を撫でた。
「今監督が職員室行ってる間でよかったですね。」
監督いたらまた怒られてましたよ?と神はくすくす笑う。
「リッキー?別にリッキーに怒られるの嫌いじゃない。」
「いやなまえさん、好き嫌いの問題じゃないと思いますよ。」
「何よノブ、殴るわよ。」
「理不尽・・・!」
俺本当のこと言っただけなのに・・!と清田は神の後ろにふるふる震えながら隠れた。清田を捕まえに行こうとするなまえの首根っこを牧が捕まえて静止させる。
「なまえ、部室で暴れるのは禁止。あと扇子はちゃんと返すんだぞ。」
「う・・、」
目を見て言われた一言になまえは「ハイ」と答えるしか出来なかった。
その状況を見た部員全員の脳内に、ご主人と犬・・なんて言葉が過ぎったが、言ったらなまえに殺されかねないので心の中に閉まっておく。
そんな部員をよそに、なまえは高頭からこっそり拝借した扇子を素直に返すのも面白くないと、高頭が部室に入ったらすぐわかるように扇子を部室の真ん中の机の上に置いておくことにした。
そして落ち着いたなまえは「そういえばミーティング終わった?」と牧に問うと「終わりかけてた」と返す。
じゃあ、と外に出て行こうとするなまえに宮益が待ったをかけた。
「もう大事な事話し終わったし、終わりだから牧となまえさん先帰っていいよ。」
「え、マジ?!」
いいの宮さん!と宮益の両手を掴んで上下に揺さぶり、ありがとう!となまえは笑顔を咲かせる。
「宮益・・あんまりなまえを甘やかすなよ。」
「いやだって本当にもう終わりだしさ。」
それに俺たちより牧の方がなまえさんを甘やかしてると思うよ、と宮益は笑う。その宮益の発言に周りの部員も賛同するようにウンウンと頷いた。
う、と詰まる牧を「はやくはやく!」となまえが急かす。そしてなまえは牧の重たい鞄を軽々と持つと、「じゃあみんな明日の試合頑張ってね!遠目から見てる!」と牧の右手を引いて部室から騒々しく出て行った。
そんな騒がしいなまえと引きずられていく神奈川ナンバーワンの男の姿を微笑ましく思いながら部員は笑って手を振り見送った。
「それにしても紳一の鞄はなかなか重いよね。何入れてるの?」
靴を履き替えて学校を出ると、牧がようやくなまえから鞄を取り返す。軽くなった肩をくるくる回しながらなまえは牧に問いかけた。
「教科書とか、バッシュとか着替えとか色々入れたらこれくらいの重さになる。」
「え?!教科書持って帰ってるの?!」
毎日?家まで?わざわざ?となまえは化け物を見るかのような顔で牧の顔を覗き込む。
なまえは置き勉だったなと牧は思い出す。そしてさっきから牧の中に何となくあった違和感の理由を見つけた。
「・・・・そういえばお前、教科書以前に鞄はどうした。」
「え?今日は持ってきてない。」
手ぶらです、あ、ガムあるよ食べる?とポケットからフルーツガムを取り出した。
自分の手にガムを一粒乗せるなまえにもう牧は何も言わない。呆れたわけじゃなくて、「あぁなまえはこういう子だった」と自分の中で思い出し、理解し、そして納得したのだ。
なまえから貰ったガムの包装を剥いで口へ放り込む。美味しい?と聞かれた牧は美味いと返した。
「これからどうする?このまま帰るの?」
「いや・・。」
それじゃ待たせた意味が無いだろう?と牧は微笑みながらなまえの手を取った。
なまえは繋がれた手を見て一瞬固まり、赤くなる。でもとても嬉しそうに笑み返した。
「どこか行きたいところあるか?」
「紳一と行きたいところはいっぱいあるよ!」
海でしょ、レンタルショップでしょ、コンビニでしょ、と繋がれていない方の指を折る。
あまりにも身近な場所のチョイスをするので牧は頭にクエスチョンマークを浮かべた。
「海なんてよく行ってたんじゃないのか?」
「行ってたけど、紳一のサーフィンしてるところ見たいし、あと砂崩しで勝負したい。」
「レンタルショップは?」
「神君に心に余裕を持てるようになりたいって相談したら、映画でも見れば心に栄養が与えられますよって言われた。」
「コンビニは?」
「紳一と一緒に新発売のお菓子チェック。」
「・・・・。」
俺も一緒に・・?と聞き返すと、うん!と楽しそうに親指を立てるなまえ。
それがあまりにも楽しそうな笑顔だったから。
牧はつられて優しい表情をした。
最初は絶対に見られなかったなまえの優しい表情、笑顔。
出会いだって良いとは言えなかった。通過してきた今までの道のりも簡単とは言えなかった。
それでもいつの間にか一緒にいることが心地良いと思うようになったし、人は変われないと言っていたなまえ自身が変わった。
変わった、というよりも元々なまえの中にあった本来のなまえに戻っただけかもしれない。
けれど牧にとっても、なまえにとってもそんなものはどうでも良い。
なまえに纏わりついていた冷たくて鋭い、そして堅い氷の壁はもう溶けた。
「ありがとう、紳一。」
「・・なんだいきなり。」
「紳一がいてくれたから、今こんなに楽しいんだろうなって思う。」
だからありがとう、となまえは最上級の笑顔の花を咲かせる。
牧も優しく笑み、人通りの無い夕方の道でなまえにキスを落とした。
あいのうた
(月曜日、今日手を振ってくれた子に挨拶してみればどうだ?) (え・・!ハードル高いよ・・!)
The end.Thank you so much!
|