牧がなまえが暴れたと聞いたのは5時間目が始まる予鈴が鳴ったのと同時だった。
なまえのクラスメイトが大慌てで牧のクラスまでやってきたのだ。それを聞いた牧のクラスメイトもざわついたが、そんなのは気にせずに牧はダッシュでなまえのクラスへ向かった。
なまえのクラスに着けばそこには泣いている女子生徒とそれをなだめている友達。
正直、今の牧にはそれはどうでもよかった。
女子が泣いている理由なんて、なまえを捕まえればわかることだと思ったからだ。だから牧はクラスになまえがいないとわかるとすぐその場からまた駆け出した。
たぶんもう学校にはいないだろう、と一瞬思いはしたが気が動転しているかもしれない状態で外に出られるだろうか?
1度自分の考えを改めてとりあえず昇降口へ行ってなまえの靴があるか確認する。あるという事はまだ校内にいるらしい。
もちろん上履きを履いたまま外へ出てしまった事だって考えられるが、雨だし、校内にいる可能性の方が高い。本鈴が鳴っても自分の教室には戻らずに校内を探し続けた。
屋上、先生がいない保健室、この時間は使われていない理科室、空き教室、体育館倉庫。
いそうな場所は全て探したけれどなまえは見つからない。
やはり上履きのまま外に出てしまったんだろうか、と思ったそのときだった。体育館倉庫の外から鼻をすする音が聞こえたのは。
体育館倉庫の裏へ駆けて行けば、そこには探していたなまえの姿があった。
体育館倉庫の屋根下で、小さく小さく自分を守るように両膝を抱えている。
一歩進めば、牧の足音に体を震わせて勢いよくなまえは顔を上げた。なまえと牧の視線が合うと、なまえは急いで涙を拭う。
そしてなまえは震える声で静かに問いかけた。
「何しに来たの。」
「お前を探しに。」
「授業は?」
「サボった。」
初めてかもな、授業サボったの。と牧は笑う。
そんないつもと変わらない、牧の優しい表情と声になまえは怖いとすら感じた。約束を破った事に怒りを通り越してしまったんじゃないかと思ったからだ。
「怒らないの?」
「何にだ?」
「喧嘩、しないって約束したのに。」
自分から、しかもクラスメイトに手を上げちゃったのに、とうっすらと瞳に涙をためながらなまえは自嘲気味に笑った。
恐怖も、悲しみも、一定のラインを超えたおかげか変に自分が落ち着いているのをなまえは感じる。
牧はもう一歩、もう一歩とゆっくりなまえの傍に近寄った。
「その子がお前を怒らせるようなこと言ったんだろう?」
「そう・・だけど。・・・・我慢しようと努力すれば、我慢できた範囲だよ。」
我慢、出来なかったけど、となまえは小さく消えるような声で付け足す。
自分から視線をそらしたなまえに牧は手を差し出して見た。
「帰ろう、なまえ。教室に戻って謝れば、きっとみんな許して・・、」
「くれるわけないでしょう?!」
あんまりにも優しすぎる考えに、なまえは思わず声を荒げてしまった。自分の声にハッとした表情をする。
一瞬だけ下唇をかんだ後、なまえは震える口をゆっくり動かした。
「いつも優しい紳一がキレて喧嘩した場合と、いつも喧嘩をしてた私の場合じゃ状況が違いすぎるの!私は、今はほとんど、してないけど、」
クラスメイトが自分に対して恐怖心を持っているのに、自分からそれを増長するようなことをしてしまった、となまえは叫ぶ。
叫んだと同時に我慢していた涙が再度零れ落ちた。
やっぱり、無理な話だったと続けて悲しみをこぼす。
自分がどんなに変わろうと努力しても、周りが私を見る視線は変わらない。どうにかこれからも変わる努力をしたとしても、誰かしら変わろうとしている私に不満を持っているに違いない。
「人間、そう簡単に・・変われないの。」
今回の事でよくわかった、となまえは悲しみに満ちた表情で笑顔を作る。
「別れよう、紳一。」
その言葉に、牧は一瞬歩み寄る足を止めた。
ただ一瞬驚いたように目を見開き、そしてただただ何も言わずになまえを見つめる。
「これ以上、私に関わっててもいいことなんて1つもない。紳一に迷惑をかけるだけだから。」
ギュッと両の拳に力を入れてなまえは流れ出す涙を一生懸命こらえる。
「今まで一緒にいてくれて、っありがとう・・!」
一生懸命に笑顔を作るなまえは痛々しい。
それでも牧は何も言わない、ただただなまえを見つめるだけ。そんな空気に耐え切れなくなったなまえはその場を去ろうとした。
その時、だ。
「お礼を言えるようになったんだな。」
「・・・・は?」
成長したな、という牧に流れていたはずの涙は驚きで止まる。去るために動かそうとした足も止まった。
「・・・・えっと・・、」
「お前は簡単に人は変われないというけど、俺から見ればお前は十分変わった。」
戸惑うなまえをよそに牧は続けた。
人を睨みつける鋭い眼も柔らかい目つきになったし、煙草もやめてガムか飴に変わった。人と話すのも苦手だったのに、清田や神、バスケ部のみんなとも話せるようになった。自分が酷い目にあっても、そのバスケ部を守ろうとさえしてくれた。
優しさを貰った時に言えなかった「ありがとう」という感謝の言葉も言えるようになった。
「十分、変わってるんだよ。」
牧はなまえの前まで進んで腰を落とし、視線を合わせる。
「それに最初からお前が問題児だってことくらいわかってた。最初の出会いが出会いだったしな。」
だから、と牧は優しく笑う。
「いまさら、そんなことを理由に別れる必要なんて、無いだろう?」
牧の言葉になまえは唇を震わせた。
出会ったときはあんなにも極端にいたはずなのに、今こんなにも近い存在で、必要な存在になっていることになまえは自分でちゃんと分っていた。
牧がいなければ、自分はもう駄目だとちゃんと、わかっていたのだ。
「紳一は、初めて会った時からそうだ・・。」
震えていた唇を一生懸命動かす。
こっちの気持ちも知らないで、ヅカヅカ踏み込んできて、そのくせ1つ1つが優しくて。
ほしい言葉を、惜しみなくくれる
愛情も優しさも全て、満たしてくれる
なまえは再びぎゅっと拳に力を込めた。
「なまえは少し、不器用なだけだと俺は思ってる。」
そんななまえの手に牧は自分の手を重ねた。
わかっていても口にするのが苦手で、悲しい気持ちを抑えていてもそれがいつか爆発して今日みたいになってしまう。
でも、と牧はなまえの視線に自分の視線を絡めて優しく笑んだ。
「なまえは本当は優しい子だもんな。」
出会ったときと、同じ言葉。
あの時、なまえがずっとずっとほしかった言葉を牧は言ってくれた。
「俺のそばにいるのが苦痛なら、別れてもいい。けど、ただ俺のそばにいるのが怖いだけなら、怖がらなくていいんだ。」
傍にいていいんだぞ、と言った後に「違うな・・」と牧は自分の言ったことを訂正するために一瞬止まる。そして柔らかい表情でなまえの頬を撫でた。
「傍にいてくれ。」
その言葉と同時になまえは嗚咽交じりに大泣きした。
嬉しくて幸せで、何度も何度もごめんなさいとボロボロ涙を零して、なまえは牧に抱きついた。
その後、教室に戻れば先生たちに死ぬほど説教されたが、球技大会の時に仲良くしてくれた子達が「みょうじさんだけのせいじゃない」と一部始終を話して助けてくれた。
反省文5枚で済んだ事になまえは心から感謝した。
ようやく、青空が見えた
(ちょっとノブ反省文手伝ってよ) (俺字汚いんで無理っす!) (えー?神君ー。) (俺、これから500本シュート練習なんで) (えぇー?!作文なんか書けないよー!)
**** また長くなってしまった・・。ちなみに牧さんは極度の天然だと信じています。
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