ケンカをすることに特に意味はなかった。

絡まれたからやり返していた。自分から喧嘩を仕掛けたことはほとんどない。

‥‥うそ。自分からも仕掛けに行った。だって私をくだらないようなものを見る目で見るから。


でも私が喧嘩を吹っかけるのはともかく、絡まれる理由はなんなのだろうか。

この良いとは言えない目つきのせいなのか、あるいはこの髪色のせいなのか。よく考えれば絡まれる理由なんてたくさんあったんだけれど。


目つきはしょうがないと思う。生まれつきだし、‥でもそんなに目つき悪くないと思うんだよね。普通だよ、普通。たしかに近づいてほしくないから睨みは利かせ‥‥。これのせいか。

髪の色は趣味。もう本当趣味で色替えたいなって思ったから変えただけなの本当。でもそれが目に付いてしまうらしい。


とりあえずは本当にどうしようもないくらいの人見知りだったのだ。それを隠すためにやったことが全て裏目に出てしまった。



そしてある日の出来事で私の全てが変わった。

その日は雨だった。雷は鳴るし、雨の日1粒1粒がでかいし、もう最悪の天気だった。


その最悪な天気の日に私は絡まれた。しかも集団。

タイマンじゃ絶対負けないし、2、3人相手でも勝てる気はしていたけど、今回は6人いた。さすがに簡単には勝てなくて、でも1人何発ずつかお見舞いして、ぎりぎり勝ったから良しとした。


すぐに帰ろうとしたけど久々の派手な喧嘩は体にもキたようで動く気になれず、崩れるように座り込む。

どうやって帰ろう、30分もすれば痛みはひくだろうか。ていうか30分も雨に打たれ続けるなんて嫌だ。帰りたい。


そんなどうしようもないことばかり考えていたとき、私の前に現れたのが牧紳一という男だった。


バシャバシャと水を踏む音が近づいてくる。パシャリ、とすぐそこまで音が来たので顔を上げればそこには大男。しかも黒い。

何だコイツ、と思って睨んでも全く動じなかった。



「お前‥‥」

「何、」

「その制服、海南だろ?」


そう問いかけられれば心の中で、ああそうだと返事をする。私が返事をするべき相手も同じ学校の制服を着ていた。

派手な喧嘩を終えたばかりの痛む体を慰めるように私の右手が左腕を撫でていた。

どんな風に見ても喧嘩を終えたばかりにしか見えないのに、どうしてこの男は声をかけてきたのか不思議だ。みんな見て見ぬフリをしてきたのに。よりによって同じ学校のやつに声をかけられるなんて。



「喧嘩か?」

「見りゃあわかるでしょ‥ほっといてよ。」

「‥‥。」

「は!?なに?!近づくなって‥!」



そいつは黙って何の戸惑いもなくさらにこっちへ近づいてきた。

一歩一歩、確実に距離が縮まる。


近づくな近づくな近づくな



「こっちくんなって言って‥!」

「血が出てるぞ。」



ほら、と同じ目線の高さまでしゃがんで差し出された手には小綺麗なハンカチ。

私の言葉も心臓も思考も、全てが一瞬止まった。優しく、されてしまった。



どうしたらいいのかわからなくて、顔をそらす。

これが人の優しさや親切心を踏みにじる行為だっていうことくらいわかってる。

でもここで私が素直にありがとうとにっこり笑んで受け取れるなら、私はこんな喧嘩三昧の日々は送っていない。もっと器用に生きていた。


また、わたしは、

人を傷つけ、好意を無碍にし、敵を作った


この男に殴られることは無くても舌打ち程度はされるだろう、罵られもするかもしれない。

でももう構わない。

今まで、そういう風に生きてきたのだから



「汚くはないぞ?」

「‥‥‥は?」

「ハンカチ。他のもっときれいなやつを貸してやりたいのはやまやまなんだが、今持ってる他のタオルは部活で使って汗塗れなんだ。」


悪いな、と笑った。

笑った、のだ。怒ることも、罵ることもせず・・笑ったのだ。



「怒んないの?」

「ん?」

「まともに返事もしてないし、ましてや親切心でハンカチ貸してやろうって言ってんのに、受け取りもしないで、‥っありがとうの一言も言わないで‥!」


怒るだろ普通!と怒鳴ってしまった。

私が怒鳴る立場じゃないのに、思いっきりまた怒鳴ってしまった。自分の馬鹿さに絶望した。

せっかく怒られなかったのに、なんでわざわざ怒られる道を突き進むんだろう。人を嫌な気持ちにさせる道を選ぶんだろう。


ちがう、こんなこと言いたいわけじゃない

ありがとうって、言いたいだけなのに




「なんで怒るんだ?」

「‥‥はぁ?」



必死に自分の中の最悪な自分と戦っていたら、耳に入ってきた言葉。本日何度目の「はぁ?」なんだろう。


なんで、って・・。何こいつ。なんだよお前。


それしか頭には浮かばなかった。あまりにも鈍感というか、平和ボケをしているというか。色々混ざってだんだんイライラしてきてしまう。



こっちは必死なのに

人に優しさをもらうのも、怖いと感じてしまうのに

喧嘩の毎日だから自分を守る為に1人で過さなきゃいけないのに、それが耐えがたくなってしまうのに

傍に居てくれる友達さえ、自分のこの性格のせいでいないに等しいのに



優しさを受け入れたら、私はもう、孤独が寂しくて寂しくて1人じゃダメになる。


それをちゃんと、頭の中で、わかって、いる・・のに・・・



「優しさを分けてくれているのに・・っ、」


雨のおかげでわからなくなっているけど、目からは涙がボロボロ零れた。



「優しさを無碍にされてるのに、今怒らないでいつ怒るんだよ!」


ダメだとわかっていても、また、怒鳴ってしまう。

やり場の無い勝手な怒りをどうしたらいいかわからなくて、思い切り拳を地面に叩きつける。痛い、でもどうしようもない。

自分から早く離れてほしい、早く早く、「ふざけるな」とでも「最低だ」とでも吐き捨てて私から離れてほしいのに



「俺の周りには不器用でどうしようもない奴が多いんだ。」


おまえもそのクチだろう?と笑った。ハンカチで勝手に顔についた雨を拭われる。ちゃんと私が濡れないように自分が濡れてもビニール傘をさしてくれた。

やめろやめろと手で男の手を払おうとしても優しい顔を崩さずにそのまま私の顔を拭う。



「お前、みょうじなまえだろ?」

海南を初め、この辺りではとっても有名だからな。と男は笑う。


知っていて声をかけたのかと、小さく問えば男は「あぁ」と笑った。

変わった奴、と毒づけば「あぁ」とまた笑う。自分に向けられているその笑顔がどうしようもなく嬉しくて、涙がボロボロと零れた。



「自分で優しさをもらっているって自覚をしているなら、それで十分だ。」


みょうじは本当は優しい子なんだな、と男は笑った。


これが牧紳一との、最初の出会い。



あのとき出会わなければ

こんな思い、しなかったのかな


****
牧さんと初めて会ったお話。



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