その日は凄く良い日だった。購買でずっと食べたかったパンを買えたし、紳一と一緒に食べる事もできた。授業だって寝てしまったけど全部出た。紳一に褒めてもらえた。

部活の午後の練習が無いって言っていたけど、紳一はベンチ入りしてる人と高頭と話すことがあってそれが長くなるから今日は先に帰れって言われたのだけが残念だったけど、夜は電話をくれるって言われて機嫌はすぐ直った。

それで最高な気分のまま、帰ろうとしたんだ。


ほとんど中身の入ってない鞄をぶらぶら揺らして、駅まで近道しようと人通りの少ない裏道を歩いていた。

そしたら声が聞こえたから視線をそっちにやると目に付いたのは見たことのある海南のバスケ部員が3人。そしてその目の前にいたのが・・・・



「っ!」


不良の中でも有名なやつだった。カツアゲ、暴力、そんなのは当たり前。声をかけられたやつは最後、どんなに金を渡しても、どんなに許しを請うても殴られ蹴られる。


話じゃ通用しない、それを私は知っていたから。

男に、しかも不良の中でも喧嘩が強いといわれてるこいつに勝てる自信は無かったけれどバスケ部員がやられる前に、そいつに殴りかかった。

男に殴りかかりながら私はバスケ部員に向かって3つ大声で叫んだ。逃げろ、紳一達には言うな、そして・・・






「なまえ!」


気がつけばそこは海南の保健室だった。あれ、私殴りかかって・・それからどうしたんだっけ?

・・・・あぁそうだ、痛み分けだったんだ。どちらかと言えば私の方がダメージ大きいけど、あっちも私がどういう存在かを知ってたから退散してくれたんだった。

それであいつが去ろうとした時に・・ついでに私が倒れる瞬間に確か名前を呼ばれた気がして・・・・。


ぼうっとそんなことを考えていたら体を揺さぶられた。



「なまえ!」

「・・紳一。」


天井を見つめて1人今までのことを思い出していたから周りに気づいてなかった。すぐそばに紳一がいて、その周りにバスケ部のレギュラーがいてこっちを心配そうに見ている。特にノブなんかは涙目だ。

何してんの?と紳一に率直に聞けば珍しく紳一の表情に怒りが浮かんだ。



「何してるのかはこっちが聞きたい!お前は何やってんだ!」


初めて、怒鳴られた。

周りの皆も怒鳴る紳一を見るのは初めてのようで凄く驚いた表情をしてる。私は驚くとかそんなんじゃなくて、怖いって思う方が大きかった。

それ以上に、紳一に怒られたという事実にショックが溢れた。



「自分が何をしたのかわかってるのか?!」

「・・・わかってるよ。」

「わかってない!」


お前は女なんだぞ!と紳一は怒鳴った。紳一に怒鳴られる事なんてなかったから、寂しくて、悲しくて、悔しくて。下唇を噛んであふれそうになる感情を抑えた。



「喧嘩が強いのはわかっている。・・けどなんで俺たちを呼びに戻らなかった。」

「・・・・え?」


何言ってんの?と伏せていた顔を上げて紳一を見た。

すると紳一の後ろに泣きそうになっているさっきの3人のバスケ部員がいた。


にげろ、って・・言ったのに・・・・。

紳一達には絶対に言うなって言ったのに。



「あんたたちが、紳一達を呼んだの・・?」

「すいませ・・・、」

「呼ぶなって言ったじゃない!」

「なまえ!」


助けた部員の謝罪をさえぎって思いっきり怒鳴ってしまった。そんな私に部員は肩を揺らした。つかみかかろうとした所を紳一に抑えられてベッドに戻される。

ノブはもう本当に泣きそうに不安な顔をしているし、神君も珍しく不安げな表情で眉間に弱くしわを寄せていた。宮さんだって、高砂だって、心配そうにこっちを見ている。


違う、私を受け入れてくれた皆を、大好きな皆を、そんな顔にさせたかったわけじゃない。

どうにか話を紛らわせて終わりにさせたかったけれど、やっぱり元々血の気が多い私にそんな器用な事はできなくて。



「もし・・!もし、喧嘩をしている最中に紳一達が来たとして・・!絡まれたら・・それを他のやつらに見られたらどうすんの?!」


あんたたち喧嘩できないでしょう?!とヒステリック気味に叫んでしまった。

そんな私の発言にみんなは息を飲んで互いに顔を見合わせる。

泣くな、泣くな、泣くな。ここで泣いたら私は卑怯だ。

自分から手を出して、予測していたはずの最低な結末を迎えたことを、ちゃんと受け止めないといけないってわかってるのに。



正義のヒーローを演じたかったわけじゃない。

ただ、私が持っていないみんなの「大切」を守りたかった。



「王者海南バスケ部が、不良に絡まれて、それを他人に見られて、学校に報告されて、大会出場停止になんかなったりしたら、どうすんの?」


毎日毎日一生懸命努力してるのに、それが全部消えたらどうするの?

小さく、言葉を零した。

もう私に紳一は怒鳴ってこなくて、それをいい事に私は続けた。



「私は、こっそりだけど、たまに外から皆が頑張って練習するのを見てた。練習試合だってたまに見に行ってたりしたんだよ。」


ぎゅっとかけられている布団を握って私は続ける。


帽子被って、遠くから皆を見ていた。もし他の学校の奴らに絡まれてもバスケ部だけには絶対に支障が出ないように、他人を装って遠くから、ずっと。

皆を見ててバスケって楽しいんだろうな、とか思ったし、何より私から見れば1つの事に熱中して楽しんでいる皆が羨ましかった。時間を無駄に過ごしてない感じが凄く、羨ましいって思った。皆が眩しかった。


だからあの時、守らなきゃ、って思った。正当防衛とはいえ、バスケ部が手を出したら、それを先生や周りの人に知られたら、大会出場停止は免れないかもしれないから。


それだったら、最初から「不良同士の喧嘩」で終わらせた方が良い。

バスケ部は最初からその場にいなかったことにすればいい。

大丈夫、私にとって喧嘩は十八番なのだから。誰も疑ったりはしない。学校も大事なバスケ部をむやみに潰したりするような事はしない。



「私が喧嘩したって、大人から見れば何の不思議もないでしょう・・?!」


だからあの時、最後に「何も見なかったことにしろ」ってその3人に叫んだのに・・!


伏せていた顔を上げて紳一の後ろにいる3人に怒鳴ろうとしたらふわりと落ち着く温度と香りに包まれた。

それが紳一の体温で、抱きしめられたんだと気づくのに時間はかからなかった。



「悪かった。」

「っ・・・、」


ゆっくりゆっくり、私を落ち着かせるように背中を温かくて大きな手で撫でられる。子どもをあやすようにトントンとゆっくり背中を一定のリズムで叩かれる。

それがどうしようもなく優しくて、どうしようもなく胸が詰まって人前でほとんど流した事無い涙が止めどなくボロボロ流れ落ちた。



「そんなに、俺たちを思ってくれてたなんて考えてなかった。ごめん、怒鳴って悪かった。」


ぎゅうっと腕に力が加わってより強い力で抱きしめられる。

痛くないような強さで、でも私の不安と悲しみを全部全部、潰してくれるように。

周りの皆だってすごく優しい顔をして私を見てくれている。



喧嘩をして、慰められて、涙を流した事なんかなかったのに。

紳一と一緒にいると、どんどん自分が弱くなる。どんどん紳一に甘えたくなってしまう。


私に彼は優しすぎる。


「ごめん、なさい・・・。」


1人で突っ走って、大好きな皆に迷惑かけて、一番大事な人に心配をかけて。


泣いて泣いて泣き続けて、泣き疲れた私はそのまま優しい温度に包まれながら眠りについた。



守りたいもの

(なまえさん大好きっす!)
(こらこら起すな寝かせとけ!)

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怒る牧さんが想像しにくくて・・なんかおかしなことになりました。

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