ど う し よ う ・・・



あれから時間が流れるのは早くて、もう次の日の放課後になってしまっていた。

帰りのホームルームも終わり、人もまばらだ。


藤真先生が化学準備室で待っているはず。行くべきか、否か。正直ぶっちゃけ行きたくない。


でも先生が代わってしまったとは言え、私が頼んだ化学の補習。行かないというのは失礼極まりないんじゃないだろうか・・・・。

ぐるぐるぐるぐる色んな思考が巡る。



「(・・・・よし、行こう。)」



勇気を振り絞り、机の横に掛けてある鞄を持って立ち上がった。


行ってお断りすればいいんだ。こっちから頼んだのに申し訳ないんですが、って丁寧に謝ってしまおう。

そう思いながらどんどん化学室に歩んでいく私。

途中ですれ違う友達に「バイバーイ」と声をかけられたりする。バイバイと返しつつ、ドキドキしながら廊下を進めば見たくない化学準備室が見えてしまった。




「失礼します・・・。」



準備室に入った瞬間、化学室独特の薬品のにおいがした。いや、正確には薬品を使用した実験後の臭いなのだけれど。




「あれ、いない・・・。」


きょろきょろと準備室を見回しても藤真先生の姿は何処にも無かった。

部活だろうか。それともまだ何か仕事があるのだろうか。


でもこれはチャンスだ。置手紙でも置いて帰ってしまおう。


そう心の中で大げさにガッツポーズをすると鞄を机に置いて、中から筆箱と今日配られたばかりの学級通信を取り出す。

もう読んだし、必要ないから学級通信の裏を使おうと思ったのだ。




「えっと、ふじーまー・・せんせーへ・・・・と、」

「悪い遅れた。」

「(あぁもうマジガッデム・・・!)」


さっさと来て、さっさと置き手紙を残して帰ってしまえば・・・!

教室でもたもたしていたあの時の自分を心の中で呪った。

自分の鞄に今書いていたお手紙を押し込みつつ、後ろから声をかけてきた藤真先生の方をくるりと向いて、とりあえずにこりと笑ってみた。すると藤真先生も机に書類を置きながらニコリと笑う。



「まぁ椅子座れよ、コーヒー飲む?」

「え、そ、そんなお構いなく・・・!」


私に座れと言いながら、私がすぐ座れるように椅子を引いてくれる。

そして藤真先生は実験室用の小さな電気ポットにスイッチを入れ、棚からインスタントコーヒーを取り出した。



「砂糖とミルクは?」

「あ、いります。・・・・じゃなくて!」


コーヒーはいいのよ!と自分にツッコミを入れる。

藤真先生のペースに飲み込まれそうになったけれど、慌てて私は座りかけた椅子から立ち上がった。



「じ、自分から高野先生にお願いしたこの化学の補習なんですけど・・・・。」


両手をぎゅっと握り締めながらインスタントコーヒーを持つ藤真先生を見る。

キョトンとした表情でこっちを見ていた。



「やっぱり藤真先生は高野先生と違って女子に人気が・・じゃなかった。ともかく藤真先生はお忙しいでしょうし、私も予備校に行こうと思いますからこのお話は無かった事にしてください。引き受けてくださってありがとうございました。」



一気に言った後、失礼しますと軽く頭を下げ、藤真先生に背を向けて扉に手をかけた。



その時だった。





ダンッ・・・・・!





「逃がさねーぞ、みょうじ。」

「え・・・・・?」


後ろから藤真先生の手が伸びてきて、半分開いた扉が閉じられた。


驚いて藤真先生を見ると怖いくらいの笑顔があった。



「だから逃がさないって言ってんの。」


にやりと笑う藤真先生の顔は悪戯好きの男の子のようで、一瞬にして私の額には汗が噴いた。



今、私のことを逃がさないように両手でドアの壁に手をついている、この人は誰だ。

いつもの女子生徒に人気のある、藤真先生は、どこ?



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