夏の大会に向けて一生懸命練習しているバスケ部は部活が終わる時間も遅ければ、休日に休みも無い。朝から夕方までずっと練習練習練習の毎日なのだ。

宏明と一緒にいる時間をくれない茂一を少しだけ恨んだこともあったけれど、大好きなバスケをしている宏明を見ることが大好きだから、そんな宏明が好きだから忙しくて構ってくれないことに文句を言ったことはなかった。


それでもやっぱり、少しでいいからかまって欲しくて、どうにかお昼ご飯だけでも一緒に食べようと思って最初は一生懸命誘っていたけれど、宏明は5分でお弁当を掻き込んで体育館に自主練習をしに行ってしまうのでそれも途中で諦めた。必死に自分に「大切な時期だから」と言い聞かせて我慢した。


そしてついに彼氏彼女という関係なのに部活に疲れて電話もメールもしてもらえなくなった時、あまりにも寂しさを感じてしまって、溜めこんでいたものを爆発させてしまった。




パシン・・!と乾いた音が陵南の体育館前で響いた。部活終了後に宏明が体育館から出てきたところを平手打ちしてしまったのだ。

周りにいた仙道や他の2年、魚住さんを初めとする3年の一部が傍にいて目を点にさせている。宏明は私に引っ叩かれた頬を押さえて一瞬何が起こったのかわからない、というような顔をしたけどすぐにこちらを見た。



「な、にすんだよ・・!」

「っ、・・・・、」


我に返って自分が何をしたのかを気づいた。けどもうここまでやってしまったら後には引けない、そんなどうでもいい意地を張ってしまっている自分もいて。



「今の宏明に、私は・・いらない・・・!」


今にも泣きそうで、でも泣くわけにはいかなくて。一生懸命涙を堪えて声に出せた言葉がそれだった。

宏明は目を開く。



「今の宏明にとって、私がいてもいなくても変わらない。」

「お前、何言って・・、」

「私と何日も言葉を交わさなくたって、平気なくせに!違うなんて言わせない!」


メールも無い、電話も無い、クラスが違うから「おはよう」「また明日ね」の挨拶すらしなくなってしまった。

これじゃあ恋人なんて言えない。他人と言っても過言じゃない。やり場の無い怒りを噛み締めて、拳も強く握って堪えてた涙を一滴、零した。



「宏明が今、部活で凄く大事な時期だってわかってる。何よりもバスケを優先しなきゃいけないって、わかってるけど・・、わかってるけど、放っておかれる私の気持ちを少しでいいから考えてほしいのに・・!」


私が言わないから大丈夫なんて思わないでよ!

もうその場に居続ける事が出来なくて、大声で吐き捨ててその場から逃げた。



走って走って走り続けて、でもどこに行こうかなんて考えていなくて、気づいたら自分の教室だった。

たぶんこんなぐしゃぐしゃの顔で電車なんかに乗れないって頭の隅の方で思っていたんだろう。自分の気持ちが落ち着くまで教室で泣く事にした。


自分の席に座り、突っ伏して両腕に顔を埋める。


これからどうしよう、他のバスケ部員のいる前で、宏明を殴ってしまった。もう完璧私たちの関係は終わった。きっと次に顔を合わせたら別れを告げられる。ううん、下手したらメールで「別れよう」って言われちゃうかも知れない。


こんな結果を、望んだわけじゃないのに。宏明が大好きなのに。

もう少しの間我慢すればよかっただけなのに、どうして私はあんな我が侭を言っちゃったんだろう。

悔やんでも悔やみきれなくて涙は止まるどころかよりボロボロと零れてきた。


泣きすぎて目が痛くてあぁもうどうしよう帰れない、なんて思っていたらバタン!と大きな音を立てて教室の扉が開かれた。


暗くて一瞬誰だかわからなかったけど、でも次の瞬間にはすぐに宏明だってわかった。

息が止まった。体も硬直した。

どうしようどうしようどうしよう。宏明に別れようって言われてしまう。自分からそういう結果を招いたのはわかっているけどそんなの耐えられない。

別れを告げられるのが怖くて私は傍にあった鞄をつかんで宏明がいる反対のドアから逃げようと走った。



「っ待てよ!」


ドアに手をかけようとした瞬間、宏明に手首を掴まれてしまった。

何度も何度もその手を払いのけようと無我夢中で抵抗した。けど宏明の力が強くて払いのける事ができない。

逃げる事に必死になっていたら思いっきり腕を引かれて宏明の腕の中に納まってしまった。そこまでして私を閉じ込めて別れを告げたいのかと嫌な結果ばかり考えてしまう。

腕の中でも一生懸命抵抗したけれど、やっぱりその腕の中から逃げ出す事はできなかった。



「ごめん。」


ぎゅう・・と抱きしめられている腕に力が加わった。

その「ごめん」というのはどういう意味の「ごめん」なのか、色々想像してしまって体が震える。それくらい宏明にさよならを言われるのが怖かった。それくらい大好きだった。

私の体の震えに気づいたのか宏明は私を落ち着かせるように、また腕に力を加える。



「放っておいて、傷つけてごめん。」


宏明は少しだけ震えた声で静かに口を開いて話しだす。



「なまえが言ってくれたように、今が一番大事な時期だったからなまえのことを1つも考えずにバスケばかりに集中してた。でも・・、」


それはただの言い訳なんだよな、と自嘲気味に宏明は笑った。

そんな宏明の声を聞くのは初めてで、ずっと下を向いていた私は顔を上げて宏明の顔を見る。そこには不安げで苦しそうな顔をした宏明の表情があった。



「そうなんだよな。なまえは今まで沢山我慢してくれてたんだ。バスケばっかりやって何もかまってやれてないのに、ずっと傍にいてくれたんだ。‥‥感情が爆発したって、しょうがないよな。」


ビンタされたって文句も言えない、と宏明は私の頭を撫でた。



「ち、がうよ・・。宏明はバスケ部のレギュラーだもん‥‥私なんかに、構ってられないのは、当たり前で‥、」

「いや、なまえがいつも傍にいてくれたから今の俺があるんだ。」


俺のことを一番わかってくれて、我が侭も言わないで、優しく笑って傍にいてくれたから安心できてた。

宏明はそう言ってまた私を抱きしめる。私も宏明を抱きしめたくて腕を宏明の背に回そうとしたけれど、振られるかもしれない状況で抱きしめ返しても良いのかと躊躇してしまう。



「なまえに甘えてたんだ。‥‥寂しい思いさせて、ごめん。」


もっとなまえのこと考える、休み時間にだって会いに行くし、昼飯だってちゃんと一緒に食べる、メールも電話もする。

だから、と懇願するような声を出して宏明は私を見た。



「もし、俺に愛想が尽きてないなら・・傍にいてほしい。」

「っ・・・・、」


今にも泣きそうな宏明の声に私はまた涙を流した。

あの時我が侭を言ってしまったのを後悔した。こんなに宏明に苦しい思いをさせなくてすんだのに。宏明の背に回そうかと躊躇していた手をゆっくり動かす。



「無理、して・・メールとか、電話とか、しなくていい。練習だって、するなら、お昼ご飯だって、一緒じゃなくていい。」


一生懸命思ったことを嗚咽交じりに1つ1つ言葉にしていく。

一緒に時間を過したいって思う。けど、私が好きなのは我慢してる宏明じゃない。

大好きなバスケを無我夢中でやって、子どもみたいに楽しそうに笑ってる宏明が好きなんだ。



「大事な、時期に・・我が侭、言ってごめんね・・!」


大好きだよ、と宏明の頬に手を添えると宏明は眉を下げながら優しく笑んでくれてそのままキスを落としてくれた。



「ありがとう、大好き。」



滅多に聞けない宏明の好きという言葉に、今度は悲しみの涙じゃなくて嬉しさの涙を流した。



想いは届いたよね?

(さっきのほっぺ、大丈夫だった?)
(気にすんな。魚住さん達にも当然の報いだって怒られた。)

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