試験前の図書館は嫌いだ。普段来ない学生でごった返し、ガヤガヤと煩い。溜め息を吐いていつもの指定席に腰を下ろす。グループで座り込んでいる学生を横目に、私は一人、教科書とノートを開いた。
1時間、2時間、3時間経つ頃にはすっかり周りは静かになった。もう外も暗くなってるだろう。あまり遅くならないうちに帰らないと、そう思い教科書とノートを閉じて顔をあげると、だ。

マツバさんが居た。

目の前の席、眼鏡を掛け本に目を落とすマツバさんがそこにいた。なんで、いつの間に、いつから。ふと、本から目を離したマツバさんと目が合う。

「あ、文月ちゃん勉強終わった?」
そう言って、マツバさんは眼鏡を外した。

「あの、マツバさんいつからそこに...」

「うーん...2時間くらい前かな」

だいぶ前じゃないか。私を待っていたのだろうか。別に、約束していないのに。

「さて、帰ろうか」

さも当然の様に帰り支度を始めた。この人は私の保護者か。なんだかんだで私も帰り支度をした。




×××


「文月ちゃん、あんなに勉強しなくても学校のテストくらい余裕でしょ?」

「マツバさんみたいにアタマは良くなんで、勉強しないと点数取れないですから」

すらりと嫌味を言ってみた。まったく、可愛くない後輩である。自覚はしているけれど。

「僕別に頭良くないけどなぁ」

「そういえばさっき読んでた本、大学の参考書かなにかですか?」

「あれは僕の趣味だけど」

明らかに、趣味で読もうと思う本ではなかった。そんなことを言ったところで、何にもならないので黙る。この人は無自覚に頭が良い。謙遜とかでは無い、本当に自分は頭が良いとは思っていない。だからこそ、努力してる人間の癇に障る。私は、あまりこの人が好きではない。嫌いでは、ないけれど。自分が惨めに思うのだ、この人と居ると。嫌味を言っても通じないし、嫌味を言ってしまう自分にも嫌になって、負が連鎖する。ぐるぐると嫌なものが頭の中を這いずり回る。

「文月ちゃん?」

「!は、い」

「どうしたの?ぼーっとして」

「なんでもないです」

言える訳が、ないじゃない。