Memory of the corner

※クジャジタ


いつか見た空の色を二人は覚えていない。そこまではっきりと空を記憶する必要性が彼らにはなかったからだ。ただただ流れていく雲の形もよっぽどでない限りは脳の片隅にしまってある。
そうだ、しまってあるのだ。

「じゃあ、いつか思い出せるんだろうね」

「それはわからないけどさ」

「全く、曖昧な答えだ…」

失望したよと息をつくクジャは豪奢なソファーに背を預け、爪を磨いていた。退屈そうな彼に一つお話をと思ったのだが、ジタンが気分を害してしまっただけだった。そんなに言われる筋合いはないというものだ。
機嫌が悪そうには見えなかったのだがどうやらそうらしい。一体何に対しての不満なのか、ジタンには皆目検討もつかない。オークションに来た客の中にクレーマーでもいたのか、はたまた気に入ったものが手に入らなかったのか。しかしながらこのままクジャを膨れさせたままだと、良くないことが起こるのは目に見えていた。とばっちりは必ずジタンが引き受けることになる。
機嫌良くしっぽを振るふりをして、何かいい手はないかと考えてあぐねていた。その間にクジャは爪を磨き終えたらしく、マニキュアをとろうと席をたった。

「忘れていた何かを思い出した時、君ならどうする?」

突然質問された。あまり急なことだったので戸惑ってふぇっと間抜けな声を出してしまう。そんなもの聞いていないかのようにクジャはじっとジタンに視線を向けていた。

「もしそれが思い出してからでも出来ることならする、しても変わらないならしない」

「…思い出しても、手遅れなら?」

「やれるだけやる、俺は絶対諦めない」

マニキュアを塗る手が一瞬止まった。手元にあった視線がまたジタンの方に注がれる。不自然になったクジャの爪の先が異様に気になった。薬指まで塗られた淡い紫のマニキュアは生乾きのためぬらぬら光っていた。どうしても小指を塗って欲しい。

「ジタン、キスしよう」

ふわりと翼でも生えたかのような軽い足取りで、クジャはジタンに近づいた。ベッドに寝転んでいたジタンに覆い被さるように体が密着する。猫のようなまんまるの目をしたジタンが蛇にでも睨まれたように動けなくなった。
クジャの手がジタンの顎に伸びて、くいっと自分の方に引き寄せる。唇が触れてふっと体の力が抜けた。良く眠れた日の朝の、清々しい目覚めに良く似た感覚。と思っていればねっとりとした舌が口内でいやらしく絡み合う。淫靡なものが背筋を伝って全身を駆けずり回った。
ただ、キスをしただけで何故こんな気持ちになってしまうのかジタンにはわからない。
でももしかしたら、頭の片隅には理解している部分があるのではなかろうか。だから、こんなに羞恥心を煽られてしまうのでないかと頬を上気させながら思うのだ。

「ジタン…」

目を開けると、クジャがいた。さっきからいたのだがジタンには今だった。今視界にクジャをとらえたのだ。
クジャの目には憎悪が見えた、しかしそれだけではなかった。悲しみでも嬉しさでもない。それは戸惑いであるとジタンは思った。クジャが戸惑っている。あり得ない。

「クジャ、焦らなくていいんだ」

目を見た。しかしそれは一瞬で反らされてしまう。クジャがジタンから視線を外したのだ。音楽がかかっているでもない寝室には静寂ただ一つ。二人の呼吸音かベッドのスプリングが軋む音しか存在しない。どうしたらクジャの機嫌が良くなるとか悪くなるとか、ジタンは考えるのをやめた。

そして、彼を抱き締めることにした。

「何のつもりだい?」

「別に」

「僕の機嫌が悪いこと、わかってるだろう?」

「ああ」

「君が全く理解できないよ」

「そりゃそうさ」

俺は俺でお前はお前。違ったっていい。理解されなくたっていい。それでもこうして一緒にいる。それで十分だった。それが全てだった。
いつの間にかクジャの瞳から憎悪も戸惑いも消えていた。ほんの少しだけ優しい気がした。
クジャがジタンに投げかけた問いの意味がジタンにはいまいちわからないことだらけだった。だけれど、クジャの目から一時的に戸惑いが消えたので多分クジャの中で小さな答えは出たのだろう。
ジタンは安心して更にクジャを抱き締める腕に力を入れた。いつもクジャがする行為を今日はジタンがしている。ほんの少しの優越感を感じながら、ゆっくりとまぶたを閉じた。


End…



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