*無気力

*クジャジタ、死ネタ、捏造有り。



「何もしたくないんだ」

そう言った次の日の朝から、動かなくなってしまった。ここ数日、食事の量や行動の減少が目につく日が多かった。軽い流行り病を持って返ってきてしまったせいだとふんでいたが、そうではなかったようだ。

目の前で眠るクジャはぴくりともしない。いや、眠ってる訳ではなかった。息をしている様子はない。冷たい皮膚に指を滑らせてみる。昨晩感じていたはずの温もりはそこにない。かくんとうなだれた頭は力が無さ過ぎた。極度の睡眠不足が原因で白い肌には隈ができている。銀の髪を一房掬ってみても反応はない。
最初は柄にもなく大声で叫び、肩を揺すっていた。息をしてないから二酸化炭素の濃い空気も口移しで分ける。クジャが大事にしていたものを壁に向かって投げつけたり、ワイングラスに汲んできた少量の水をかけてみたり(その後すぐにタオルで拭いた)、あらゆることを試した。そのうち全てが無駄だと知って、ただ黙って見ていることにした。

止まってしまったのだ。

頭の中を過ぎるのはその言葉のみ。いつ訪れるかわからないそれは突然に、呆気なく、全てを奪い去ろうとしている。

「起きろよ…おい」

全てが悪い冗談なんだろう、俺を騙そうとしてるんだろう、十分怖かったからもう起きろ、何度も何度も問いかけた。しかし一言も返事が返ってこない。

「何で…何で…」

ジタンは腰に付けたダガーに手をかけ、自分の腕を斬りつけた。この状況が不安だったのだ。そしてこうすれば嘘だったと飛び起きてくれる気がした。

夢じゃない。

現実に痛みがやってきて、血が止まらない。どんどん溢れてきてベッドに染みをつくった。痙攣でダガーを床に落としたジタンは、斬りつけた腕をクジャに差し出すようにする。

「…痛いんだよ…何とかしてくれよ、ケアル使えるだろ!?クジャ!!」

無音の部屋に響く自分の声に吐き気を覚えた。自分しかいない事実がまだ呑み込めない。ポタポタ落ちる涙を拭ってくれる手もなかった。抱きしめてくれる腕も冷たく横たわっている。

「クジャ…おい…」

喉から絞るように名前を呼んだ。その度に胸が痛む。もう取り返しのつかないことに追いすがる。服の端を掴んで涙したところで、もう罵倒されることも慰められることもなかった。



あの場所から脱出してからというもの、ひょっとしたらこの世界で生きてるのは自分達二人だけになってしまったんじゃないかと思っていた。クジャが動けるようになるまでは他の誰にも会わなかったからだろうと、後になって気づく。
手負いのクジャが回復するまでは廃屋から廃屋へ転々とし、少し動けるようになってからはデザートエンプレスに戻りたいというクジャの意思を尊重した。主がしばらく留守にしたそこは少し埃っぽいものの、クジャが呪文を唱えるやいなや、勝手に掃除が始まってしまう。そのくらいにまで回復してくれたことがその時は嬉しかった。

戻ってきた当初はそれまでのことが嘘のように回復し、トレノや黒魔道士の村を行き来できるようになっていた。
しかしほとんどの時間をデザートエンプレスで過ごすことが多かった。一番この場所が落ち着くらしい。ジタンにとって薄気味悪いこの場所は、クジャの趣向と療養にはぴったりなのだろう。

ジタン達が捕まったていた牢屋以外にもいくつか部屋はあったようだが、住んでみてわかったのはそれぞれが別の場所に繋がっていることだった。
例えばある部屋。この建物の外は砂漠地帯のはずなのに、窓を開けると植物に埋め尽くされた庭やだだっ広い草原だったり、廃墟や海だったりした。
一体どうやっているのかわからないがこういう力はクジャの知識の広さや感性などにも起因しているんだろうとジタンは思う。ひょっとしたらここに来る前の廃屋から見た景色もあったかもしれなかった。



「そう、クジャが…」

「ああ、もうお前に伝えれたから…明日には向かうつもりさ」

黒いフード付きマントに身を包んだジタンは比較的穏やかに告げる。
止まってしまったクジャを置き去りにして、ジタンは黒魔道士の村に来ていた。ミコトに伝えてから動きたかったのだ。クジャが毎晩のように自分が止まってしまったらこうしてくれと言われたこと全てをこなして、ジタンは今ここにいた。

「あなたには今、もう何もないのね」

「どういうことだ?」

「クジャと一緒に過ごすことで彼の全てを一緒に背負うつもりだったんでしょう?でももう、それがなくなってしまったからあなたは…」

「ミコト」

ジタンはそれを制した。ミコトは兄とも呼べる人物のその無気力なまでの目を見据えて、やがてため息をつく。

ああ、やっぱり、空っぽになってしまった。

「そろそろ行くな、俺…」

「ええ、気をつけて」

目深に被ったフードの中はもう見えない。去り際に一度、振り返って手を振っていた。ミコトは振り返そうとは思わない。
ただ、小さくなるジタンの姿を真っ直ぐ見つめている。

彼が次に向かう先はアレクサンドリア。近々彼の仲間達が集うらしい。



End...



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