アンジェリカ

*ジタガネ



世界が穏やかに、人々の日常に笑顔が戻り始めた頃。

大きなお城の中のこじんまりした清楚な部屋で、内緒のお話でした。ひそひそ、ひそひそ、声を潜めながら。内緒話なのでとても楽しそうでした。

「それであいつがさ…」

「まあ、ふふふ…」

少年は尻尾を揺らし上機嫌。少女は口元を抑えお上品に笑います。その日は少年が久しぶりに戻ってきたので、少女は大慌てでお仕事を終わらせてきました。ほんの少しのプライベートの時間を作るだけでも大変なのです。少女のお仕事は女王様だからでした。

「最近、元気がないんだ」

「…ジタン」

少年がそう言うと空気が変わってしまったのがわかりました。天蓋付きの女王様のベッドで女王は寝転びながらぐったりです。

「食事もあまりしなくて、元々色白なのが余計血色悪くなって…でもあいつあんな性格だろ?なかなか言えなくてな、困ったもんだよ…」

この件に関しては、どんな言葉をかけていいやらわかりません。少女はただ、少年が語る青年の様子を言葉の端々にとらえて、複雑な心境になるしかありませんでした。
何しろ少年と一緒に住んでいる青年はこの星で生まれた命ではなかったからです。非常に弱っていることは知っていますが少年も少女も彼の苦しみを和らげる術を知りませんでした。

「悪いな、雰囲気壊して」

「そんなことないわ、私も知りたかったの」

「へー俺よりクジャの方が気になるんだ」

「…!!もう、ジタンったら!!」

少女は恥ずかしいと言って頬を赤らめてそっぽを向いてしまいました。少年はひやかしついでに指で少女の頬をつつき、にこにこ笑って見せました。心配されるより、少女に笑っていて欲しかったのです。少女も口元を綻ばせて穏やかに笑って見せました。

「…そろそろ日が沈むな」

「…そうね」

日が沈めばお別れの合図です。少女は公務に、少年は青年の元へ帰らなくてはなりません。

「普通にお城の中から出ればいいんじゃないかしら、窓からじゃなくて」

「お忍びで女王陛下に会ってるのに城内で堂々としてたら、スタイナーのおっさんに何言われるかわかんないだろ?」

「心配しなくてもみんな知ってるわ」

少年は窓の縁に足をかけて少女を振り返ります。別れの挨拶は「またね」でした。例えそれが最後だとしてもきっとそう言うのでしょう。

「ダガー、ちょっと…」

少年は少女を手招きします。少女は首を傾げ何の疑いもなく近づきます。少年の手が少女の頭の後ろに伸び、二人の距離が縮まって…

「こんなのがバレたら、まずいだろ?」

「…ジタン!!」

夕焼け空の太陽と共に少年は橙色の池の先へと消えてしまいました。少女は唇にその感触を残したままなので、そこに手を添えました。その熱を覚えていようと。いつかの日がその日が来てからも覚えていられるようにと。
少年が一番下まで降りて小さくなった頃、部屋の扉がノックされて名前を呼ばれます。上機嫌の少女は気取られまいとぎこちなく振る舞いますが、女将軍には生憎それで悟られてしまったようなのでした。


End...





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