小瓶の中の君

※借り暮らしパロディ


「ジタン、気をつけて」

「見つかるんじゃねぇぞ」

「危ないと思ったら何も借りずに戻って来な」

仲間の少し不安げな、しかしどこか期待した顔と声。今日は自分一人だけで行く初めての借りの日でジタンは夜が待ちきれずにいた。
けして見つかってはいけない秘密で不思議な生活。「泥棒小人」の異名を持つ自分達は住み着いた家の物を「借りる」ことで生活していた。
勿論、家主には絶対見つかってはいけない。見つかってしまったら最後、それは自分達の引っ越しの合図だ。どれだけ住み良い家でも速やかに出て行かなくてはならない。小人達にとって一番大事な掟だった。

「心配すんなって…じゃあ、行ってくる!」

ブーツを履き終えたジタンは見送る仲間を一度だけ振り返り、外へ通じるドアを開ける。
深い夜の空気はジタンの背中を後押しするようで、強く引き止められるような気分にさせた。それを目一杯肺に溜め込み吐き出した。
実はもう何度もジタンは一人で家の外へ行き、豪奢な屋敷の宝物庫で手頃な品を持ち帰っている。もちろん、仲間には秘密。正式な借りは今日が初めてである。
長い廊下を走り抜ける。壁に設置されている燭台の灯りを頼りに食料庫に向かう。ジタンが日頃伺っている様子では、この屋敷の主はきちんと食事をとることがあまりないらしかった。食料庫にもアルコールの類や紅茶や珈琲、サプリメントの類いを確認するぐらいで、たまに仲間が借りてきてありつく肉は何よりのご馳走だ。

「暗いな…」

誰もいない暗がりに話しかける。今日は何故かいつもより屋敷の中の闇が濃い気がした。空気の濃度もそんな感じだ。
ジタンはさして気に止めず、ドアのちょっとした隙間から食料庫に侵入した。とにかく持って帰れるだけ持って帰ろうと、空っぽの腰に下げた鞄を叩いて棚によじ登る。ここまで来ると全く灯りがないのでお手製のライトで周りを照らした。
すぐに目に入ったのは紅茶の葉だ。仲間の一人がもうそろそろなくなりそうだとぼやいていたのを思い出し、ガラスケースに入ったそれを取りに行く。数枚程度を鞄へ収めて次の目標を探す。
今の位置から見えるテーブルの上に、白い固まりがたくさん入った箱が並んでいる。次の目標にした。
一度床へ降りて、テーブルの足をよじ登り上まで辿り着く。箱をあけて中身を確認した。甘い固まりとしょっぱい固まり。3時のおやつに丁度いい。

「ま、こんなもんで上出来だろ…にしてもろくな食い物がねぇよなこの屋敷」

居候というよりも、不法侵入者である自分の立場を棚に上げて不満をぶちまけるジタン。考えて見ればなんとも理不尽な話だ。

今日の収穫を早く知らせたくて早足になっていたジタンの足取りを止めたものがある。
ドアの隙間から暖炉の灯りが漏れていた。見えた銀色の髪、その白い手がだらしなく肘掛けから垂れ下がっている様を。
屋敷の主だ。きっと本を読んでる内に眠ってしまったのだろう。広い床の上を走って周り込んで、膝に置いてある本を見て推察した。ぐっすり眠っている。
屋敷の住人の前に自ら姿を晒すなど、御法度だった。ジタンは何度もその禁忌を冒してきた。この青年に吸い寄せられるようにひっそり借りに出かけることなど常だった。自分でもよくわからないことだった。
ジタンは真ん中に穴の空いた丸いテーブルの上に登って、高い位置から青年を見た。しかし、油断はできない。いつ目を覚ましてしまうかわかったものではないからだ。

「…」

テーブルの上で胡座をかく、無作法なのは承知の上だ。
ジタンはじっと青年のうなだれた寝顔を見つめる。血が通っているのか疑いたくなるような白い肌。手入れが大変そうな長い銀の髪。またも血色の悪い唇は紫の紅をさしているせいで余計体調が悪そうに見えた。
一瞬見ただけでは女性と見紛う程の美しさを兼ね備えた彼の見た目の唯一の難点は下半身の露出度だ。話にならないくらい変わった趣味を持っているようで、上から下までじっと見つめているとそこでげんなりしてしまい好奇心もどこかへ帰ってしまう。

「漸く堂々と僕の目の前に現れる気になったんだね」

口が、喋った。当たり前のことが驚きを隠せないジタンには不思議なことのように思える。逃げろ、とどこかで誰かは呼ぶ。
遅かった。伸びた指先は自分の腰をつまんで足が宙に浮いてしまう。ひ、と引きつる声。身が竦んで動けないそこに屋敷の主は顔を近づけてきた。

「これはこれは…随分間の抜けた盗人だねぇ」

「は、離せ!!」

じたばたとつままれながら抵抗するがここから落ちてはきっと生きてはいられないことは一目瞭然だ。床との距離はジタンにとって数十階建ての建物の屋上から飛び降りるのに相当する。
大人しくなったジタンに屋敷の主は口角をあげて、嫌みに微笑み続けた。

「一人かい?他の仲間は汚い巣でお留守番か…」

「…知ってるのか?仲間のこと」

「もちろん、ドブネズミの数くらい把握してるよ」

「そんな風に言うな!!」

「面白いね…この状況でまだ僕にそんな口が聞けるだなんて…」

くくくと喉から絞った笑いをこぼし、屋敷の主はジタンをつまんだまま立ち上がる。ゆらゆらと地面に足のつかない現状に恐怖を覚えたジタンは動くことができなかった。
ふと戸棚の前で立ち止まり、中から小瓶を出してきた。小瓶といってもジタンにとっては自分の体なんてすっぽり収まってしまうほど大きかった。
案の定それに飲み込まれ、入り口に蓋をされてしまう。空気を入れ替えるための穴が開いている。どうやら殺す気はないらしい。

「出せ!!」

「その威勢のいいのはいつまで持つかな…せっかくだから名前を聞いておこう」

「お前なんかに教える名前はない!!」

強気だね、と余裕綽々の家主は小瓶をテーブルに置いて、先程眠っていたふかふかの揺り椅子に座ってジタンを覗き込んだ。瓶の中ではその顔が歪み異形の姿で目に飛び込んでくる。後退りしそうになるのを気力で持ちこたえた。

「じゃあまず僕の紹介からするとしよう、この素晴らしく、美しく寛大な僕のことから…僕の名はクジャ、君達が内緒で暮らしているこの屋敷のオーナーだよ」

まるで歌うように、あるいは酔いしれるように、クジャは自分についてべらべらとその場で語り出した。
ジタンはクジャが喋っている内容などどうでもよかった。彼が話をしている間脱出することばかり考えた。
きっと自分の帰りが遅くて仲間は心配している頃だ。迎えにでも来てうっかり自分のように見つかったしまってはと思うとジタンの心は逸るばかりだった。

「心ここにあらず、ってところだね…揃いも揃って失礼だね君達の種族は。人の話もまともに聞けないのかい?」

「気に触ったならここを出て別の場所へ行く、だから出してくれ」

「いいや、これは今までの罰だ、君を仲間のところへ返しはしないよ」

この仕打ちも仕方ないと言えばそうだ。自分達のしてきたことがクジャの負担になるのは間違いない。怒っていても当然だ。
ただ他の仲間にこの危機を知らせたかった。知って逃げて欲しい。たった一度の自分の失敗で、全ての仲間を巻き込むような真似はしたくなかった。

「そろそろ、君の名前が知りたいねぇ」

「…ジタン、ジタンだ」

「…あはははは!!ジタン!!実にいい名前だ!!盗人のジタン!!」

一体どうしてそんなに笑うのか、検討がつかない。盗人のジタン、と二つ名のように言われるのは癪だった。
クジャは失敬とまだ微笑みで歪む口元に手を当てて、そうかジタンかと名前を復唱する。じろじろと自分のことを見つめる目に体を舐められてる気分だった。
この男の全てが何やらいやらしく見える。

「居心地はどうだい?具合が悪そうだね」

「最悪の気分さ、誰かさんのせいで」

「随分な言われようだ、恩を仇で返す気かい?」

覚えがないと顔をしかめてみる。クジャはくつくつと笑い説明してあげるよと言う。

「君達がここに引っ越してきた時から存在くらい知っていたさ。屋敷には僕の作った結界が張り巡らされてあってね…侵入者なんて手に取るようにわかるんだ」

クジャ曰わく、自分達のような生き物を見たのは初めてらしく、どんなものなのかずっと生態を観察していたらしい。
だがジタン達はいつまでもこちらに姿を見せずにいたため、捕獲のチャンスをうかがっていたそうだ。

「少しお遊戯に付き合っておくれ、そんなに長い間じゃないさ」

「断る、俺達はお前の玩具じゃないからな!」

「君はもう少し、立場をわきまえて話をすべきだ。言ったろう…仲間の場所なんて手に取るようにわかるって…」

「おい…一体、どういうつもりだ!!?」

ふふふと鼻にかかる笑い。ジタンにおやすみを告げて、クジャは暖炉の火を消した。何も見えなくなったジタンの体は小瓶に入ったまま宙に浮かぶ。
何度も何度も出してくれと繰り返した。聞き入れられるわけもなく次第にジタンを睡魔が襲う。眠りたいわけではない、強制的に眠らされるような感覚だ。

「なあ…頼むよクジャ…仲間には、手を出さないでくれよ…」

「…」

先程の饒舌さとは打って変わって、夜のようにクジャは静まり返っていた。



continue...





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