*ウミガメノユメ

*暴力なクジャジタ

その手が少し躊躇ったのは罪悪とか傲慢に似た何かが心の中に存在したからだった。
下手をすれば言葉さえ選ばなければならないと思う状況にうんざりする。
持ち帰ってきた土産話の中で嬉しそうに名前を呼ぶ仕草さえいまいましい。
今まではそんな風に思わなかった現実も空気一つで変わるもの。
帰ってきた君の幸せそうな顔を見る度、僕は自分と自分の大切で愛しい人の首を絞めて瞼を閉じたくなる。
塞ぎ込んだ者の気持ちなんて春の陽気に包まれる穏やかな君にはわからないんだろうね。
結局僕の存在なんて塵に等しいのかも知れないと再確認させられたよ。

「おーい、ちゃんと聞いてるのかー?」

陽気だねぇ、本当に。
僕の心身まで穏やかなのだろうと勘違いをしているはずだ。
生返事を返すとむっと膨れっ面になるのでもう一度話してくれるように促す。
やっぱり聞いてなかったな、と困ったように呆れたように君はベッドのシーツをぎゅっと掴んだ。
やめてくれ。
本当は帰りたいんだろう。
今すぐにでもあの窓から飛び出して、大好きなお姫様を迎えに行くんだ。
君の目に映るのは心のどこかが壊れてしまってずっと臥せったままの僕より、民と共に強く生きることを誓った女王の方がよく似合う。
僕が可哀想だとでも君は思ってるんだ。
助けて貰わなくたって結構だ。
そんなの、そんなもの…。

「醜いだけじゃないか…」

「確かに見た目はそんなに美味しそうじゃないけど」

今はメニューが不定期で替わる店の話をしていたようだ。
君の話を聞いてるようで僕の頭は違うことを考えていたなんて誰が知っているだろうね。
正確な相槌を返すことにも慣れた。
君が隣でこんなに笑顔で話をしてくれているのに僕の体内は冷えきって孤独を訴えている。

「ねぇジタン」

「どうした?」

「キスがしたいんだ」

「…え」

わからない。
顔に大きくそう書いてあるみたいで凄く滑稽に思えた。
綺麗な君を綺麗なままで。
その時、僕の元に帰ってきた君に初めて触れた。
くすぐったそうに俯き、なんだよと首を軽く捻る。
そんな君を横目に背筋の凍るような現実を見つめる。
君に触れてる方の手のひらから黒い靄が生まれて、顔の輪郭をなぞり始めた。
意図せず目を見開いていたらしい僕の顔を不思議そうに君が眺める。

「ジタン、こっちへおいで」

「何か気が引けるなあ」

訝しげに近づいてくる君を両腕におさめる。
いや、流石に両腕に収まるほど小さくはないがそれが一番正しい。
ちゅ、とわざと音を立てて頬に口付けてみた。
嫌がる素振りはない。
かわりに照れたような、じゃれるような反応を見せたので少し気分がいい。
こんな風にできたら、あの時も。

「おい、そろそろ離せ」

「僕は後悔してるんじゃないんだよ」

「…」

「君をガイアに棄てた時」

閉じた瞼の中で君の首を捻り切った。
そして腕を、足を、胴を、パーツ毎に分けて几帳面過ぎるくらい綺麗に並べた。
更にそこから細かく区切っていく。
そしてそこからまた同じように組み立てたんだ。
だけどね、どれだけ綺麗にどれだけ正確に君のパーツを合わせたって欠けてしまって足りない部分がたった一つだけあったんだよ。

「心が何処かへ行ってしまった。」

「クジャ、大丈夫だから」

「何度も手を伸ばしてきたから鬱陶しく思えてね」

「俺は怒ってない」

「他の個体と同じだと、何も感じないと認識してたんだ」

「やめろ!!」

「なのに君は!!!」

あろうことか、涙を流したんだよ。
丁度今みたいに大きな目をいっぱいに濡らして泣いていたんだ。
恐ろしいと、咄嗟に思った僕はすぐに君を遠ざけた。
僕の理解の範疇を越えたんだ。
再会した君は予想通り、僕にとって邪魔でしかなかった。
しかし君は計画の手伝いをしてくれるくらい優秀でもあった。
あの時、息の根を、止めていれば、よかったんだ。

「殺さないでくれ」

「はあ…っ…」

「そんな顔をして俺を殺さないでくれよ」

寝室の壁紙がシーツの白に変わっている。
白く生気のない僕の手は君の首にしがみついていた。
力を込めるともう会えないような場所に行ってしまうような気がする。
初めて息をした生物のように大きく酸素を吸った。
自分の呼吸が乱れていることにその時気がついた。
生まれたての死んだ目で君を見る。
首に手をかけたまま乱雑に唇を押し付けた。
僕の腕を掴み少し抵抗は見せたものの、暴れることはない。
僅かに開けられた隙間に舌を滑り込ませると濡れた音が耳に響く。
ふぅ、と苦しそうな息遣いで訴えてくるのでやめてみた。

「っか…何やってんだ…よ…」

「全部君が悪い」

君が僕がいなくても楽しそうなのが悪い。
君が僕の視界から消えるのが悪い。
君が僕の知らない話をするから悪い。
君が僕以外の誰かに好意を寄せるのが悪い。
君がそこに存在するだけで、僕の闇はより色濃くなる。

「愛してるのに、僕はこんなに」

「何がそんなに…心配なんだ」

「はぐらかすのはやめておくれ」

君は一度だって僕を愛してくれたことがないだろう。
黒い靄が君を覆い尽くし、その中で君が溶けた頃。

「愚かで、哀れで、曇りのない目をした君は…まるで僕にとって死神なんだ…」

真っ白な羽根の鳥達が、その翼を広げて青空の中に飛んでいった。



End…



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