ネジ巻き



嫌なことを思い出してその晩それが夢に出てきて、変な汗をかいて夜中に飛び起きるなんてよくあること。
目を痛むくらいに見開いて夢であって良かった、と静かに息を吐く。
隣ではまだクジャが厚みのある本を開いて揺り椅子に腰かけていた。
ジタンの様子になど注意をはらうこともなく目の前の文章に釘付けだった。
案外そちらの方がジタンも幾分か気が楽だ。
内容が内容なだけにクジャにあんまり干渉されたくない。

「現実に忘れ物でもしたかい?」

「生憎、取りに返ってきたわけじゃないんだ」

内心は検討外れな問いかけに安堵した。
クジャの芝居がかった物言いがこんなところで役に立つとは思ってもいなかった。
ジタンは顔を洗ってくると言い、ベッドから起き上がって洗面所まですたすた歩いていく。
眠気は絶えず襲ってくるのだが今眠ると悪夢の続きをまた見てしまいそうで瞼を閉じれないでいる。
顔を水で洗いさっぱりしたところで誘われるように大きな欠伸を一つ。
眠ってはいけない。
部屋に戻ると真っ暗だった。
クジャがいたところには読書のための蝋燭の灯りがついていたはずなのにそれも消えて、クジャもいない。
途端、抑えきれない圧迫感がジタンの喉元から溢れそうになった。
嗚咽を交えたかと思うと脚ががくがく震えて立てなくなる。
息苦しさに悶えながら頭だけを上げた。
這いつくばって闇の中を進む。
部屋にいない。
出るしかない。
脚の震えを叱咤しながらドアを開けた。
月の光が窓を突き抜けて侵入してくる廊下をガラスに沿って歩く。
今は何時くらいだろうか。
どこを見ても時計がない。

「クジャ、悪ふざけはよせ」

何処かにいて自分の状況を見ながら楽しんでるに違いない。
そう思って空に声を飛ばしたものの掻き消された。
脚が自由になった。
怖くなって目を見開いた。
本当にいなくなったなんて思っても見なかったジタンは壊す勢いで片っ端から目についたドアを開けて回った。
声を大にして名前を呼んだ。
ここは自分ともう一人しか住んでないから誰の迷惑になるわけでもない。
ましてや今は一人ぼっちになってしまったかも知れないのだ。
怖くて仕方ない。
また、置いていかれる。
また、一人になる。
懲り懲りだ。
息を切らせて立ち止まっていると、ゴゴゴと空間の震動音が聞こえてきた。
ジタンの通ってきた方からだ。
その音は段々大きくなっている気がする。
こっちに近づいて来てる。

「…!」

気づいた瞬間音とは逆方向に走り出した。
暗闇が迫ってくる恐怖にジタンは死に物狂いで脚を動かす。
永遠に続くんじゃないかと思うくらいの廊下を。
こんなに距離があったろうか。

「ちくしょう…ちくしょう!!」

闇に沈んでしまったというのか。
もう自分は会うことはできないのだろうか。
そう思うと悔しさと悲しみが込み上げて、徐々に逃げて行く脚はそれをやめた。
もういないなら、一緒に沈めばいい。

「独りはもう、嫌なんだ」

ズズッ、ズズッ、と回りの全てを飲み込む闇が一歩ずつこちらへ迫ってくる。
あれだけ必死に逃げたってこんなに近くまで来ていたのだ。
闇の中から五本指の影がジタンの足元に絡みついてくる。
ゾクゾクと背筋に悪寒が走って後退りしようと思ったのだが絡め取られた脚がぐっと引っ張られ、ダンッと音を立てて固く冷たい廊下に叩きつけられる。
その瞬間抵抗しても無駄だと悟った。
体の半分を持っていかれた辺りで腰が浮いている感覚がした。
闇の中は空洞なのだろう。
もうすぐ全部おちる。
遠のく意識の中クジャの声が聞こえた気がした。

「風邪を引く前にベッドに戻るんだ」

「…え」

「まだ寝ぼけてるのかい、ジタン」

「…」

見上げたところにクジャの顔があった。
それと洗面台。
ここで自分は眠ってしまったことに気づいたのはそれから一呼吸置いた後だった。
全くしょうがない子だとジタンの方を見てあきれながらクジャは寝室へ戻って行った。

「夢、か…」

夢であって良かった。
寝室へ帰ったらちゃんとクジャがいる。
なんだい、と不思議そうにこっちを見ている。
たまらなくなってジタンはクジャを抱き締めた。
暗い底に落ちた時もそういえばこうして何かにしがみついた気がする。

「今日はやけに落ち着かない様子だね、さっきも魘されていたんだよ」

「手を…」

「ん?」

クジャは急に幼くなってしまったジタンの背中に手を回す。
顔は見えないけど何かにきっと彼は怯えているんだろうと推測する。

「手を握って、今日は眠ろうか」

蝋燭の灯りが消えた。


End…


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